第5章『鉄と怨嗟の街』
エルフの森を後にして数日、カイとルーナは巨大な山脈の麓に立っていた。
「ここが、ドワーフの国ボルダヘイムの入り口ですわ」
ルーナが指さす先には、巨大な岩壁に掘られた、荘厳な門がある。
「すごい……。山が丸ごと、彼らの国なんだね」
カイは息をのむ。ここから先は、エルフの森とは全く違う、熱と鉄の世界。次の「王の証」を求める新たな旅が、ここから始まるのだ。
門をくぐると、中は巨大な空洞になっていた。地底とは思えないほど天井は高く、無数の鉱石がランプのように輝いている。カン、カン、とリズミカルに響く槌音。もうもうと立ち上る蒸気と、むせ返るような鉄の匂い。
「うわっ……!すごい熱気だ……」
「ドワーフは、火と鉄を愛する民。彼らにとって、この熱こそが故郷の空気なのですわ」
カイの肌を、汗が伝っていく。
街を歩いていると、カイは無数の刺すような視線を感じた。屈強なドワーフたちが、皆、眉をひそめて彼を見ている。
「おい、見ろよ。人間だぜ」
「なんで、あんなひょろいのがここにいるんだ?」
「隣にいるのはエルフか。どいつもこいつも、気に食わねぇ連中だ」
隠そうともしない敵意の言葉が、カイの耳に突き刺さる。これが、人族に向けられる、偽りのない感情だった。
「まずは、情報を集めましょう。『王の証』が伝説の宝具ならば、この街一番の鍛冶師が何か知っているかもしれませんわ」
ルーナの提案に従い、二人は街の中心にある、ひときわ大きな鍛冶場を訪れた。
「ごめんください!ボルガンさんはいらっしゃいますか!」
カイが声を張ると、奥から地響きのような足音が聞こえてきた。
「んだぁ、騒々しい!今、取り込み中だ!」
現れたのは、見事に編み込まれた赤髭を持つ、岩のようなドワーフだった。
「ボルガンさん、ですね。少し、お話を伺いたいのですが」
カイが丁寧に言うと、ボルガンは彼の全身をなめるように見た。そして、吐き捨てるように言った。
「なんだ、人間か。てめぇみてぇな裏切り者のひよっこに、聞かせる話は何もねぇ!」
「う、裏切り者……!それは誤解だ!」
「誤解だと?百年前、てめぇらの王が何をしたか、忘れたとは言わせねぇぞ!」
ボルガンの瞳に、燃えるような憎悪の炎が宿った。
「あの日のせいで、ワシの親父がどれだけ無念の思いで死んでいったか!」
ボルガンの怒声が、鍛冶場に響き渡る。
「ひ弱なくせに、やることは一丁前だ!さっさと失せろ!てめぇの顔を見てると、反吐が出る!」
「待ってください!私たちは、その誤解を解くために……!」
「黙れ、エルフの嬢ちゃん!てめぇらも同罪だ!あの時、見て見ぬふりをしただろうが!」
「それは……!」
ルーナが何かを言い返そうとするが、言葉に詰まった。
カイは、何も言い返せなかった。ボルガンの言葉は、ただの偏見ではない。彼の個人的な、消えることのない痛みから生まれた、本物の叫びだったからだ。
【憎悪】【悲哀】【怨嗟】【不信】
ボルガンから流れ込んでくる感情の濁流に、カイはただ立ち尽くす。これが、神が作った世界の現実。あまりにも、根深い溝だった。
「わかったら、とっとと出ていけ!塩をまかれる前に失せろ!」
ボルガンはそう言うと、カイの胸を乱暴に突き飛ばした。カイは、なすすべもなく店の外へとよろめく。
「カイ!大丈夫ですの!?」
「……ああ、平気だよ」
平気なはずがなかった。胸に突き刺さった言葉の棘が、ずきずきと痛む。エルフの里で感じた拒絶とは、また違う種類の痛みだった。
「どうしますの、カイ……。これでは、話になりませんわ」
ルーナが、心配そうにカイの顔をのぞき込む。
「……そうだね。でも、ここで諦めるわけにはいかない」
カイは、唇を強く噛みしめた。人族の汚名をそそぐ。それは、簡単なことではないと、今、改めて思い知らされた。だが、だからこそ、逃げるわけにはいかなかった。
熱気と喧騒に満ちたドワーフの街で、二人は途方に暮れていた。活気ある槌音も、今のカイには、まるで自分たちを拒絶する断罪の響きのように聞こえた。次の「王の証」への道は、あまりにも険しく、暗い。それでも、カイは前を向いた。この厚い壁を、いつか必ず打ち破ってみせると、心に固く誓いながら。
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