偽りの神話を打ち砕く者 ~最弱種族の烙印を押された俺、唯一の真実を知るチート能力で世界を救います~
酸欠ペン工場
第1章『世界が燃えた日』
「カイ、また古文書とにらめっこ?たまには剣の稽古でもしたらどう?」
幼馴染のエルザが、パンの入った籠を片手にからかうように笑った。カイは埃っぽい羊皮紙から顔を上げ、いつものように苦笑いを返す。
「ごめんよ、エルザ。でも、こっちのほうが僕には性に合ってるみたいでね」
「もう、あんたは昔からそればっかり。ほら、母さんが焼いたからおすそわけ!」
ここは世界の果て、人族の国ヒューマスの辺境の村。乾いた土と香ばしいパンの匂いが、カイにとっての世界そのものだった。祖父の遺した「真実は書物の中にはない」という言葉を胸に抱きながらも、彼はインクの匂いが好きだった。
「ありがとう。おばさんによろしく伝えておいてくれ」
「わかってるって!じゃあ、また後でね!」
風のように駆けていく彼女の背中を見送り、カイはふと空を見上げた。どこまでも青い空。鳥たちの歌声と、遠くで聞こえる鍛冶場の槌音。このありふれた日常が、永遠に続くのだと、心の底からそう信じていた。その願いが、どれほど脆く、儚いものだったのかも知らずに。
その永遠が、音を立てて崩れたのは、太陽が天頂で輝く刻だった。
「おい、何の音だ……?」「西の方からだぞ!」
大地の嗚咽が空気を震わせる。地平線の彼方から現れたのは、大地を埋め尽くさんばかりの白銀の軍勢。磨き上げられた鎧が太陽を反射し、無慈悲にきらめく光の津波となって村へと押し寄せてきた。
「て、敵襲だ!鐘を鳴らせぇっ!」
村長の絶叫が響き渡り、やぐらの鐘がけたたましく鳴り響く。だが、その警告はあまりにも遅すぎた。
「我らこそ神の代行者。神託の騎士団である!」
先頭に立つ騎士団長が、馬の上から冷たく言い放った。その声には、慈悲も情けも欠片ほども含まれていない。
「なぜだ!我らは神を敬い、慎ましく生きてきたはずだ!」
震える声で問う村長に、騎士団長は虫けらを見るような視線を向ける。
「愚問だな。おまえたち人族の存在そのものが、この世界を汚す罪なのだ」
「なっ……!そんな馬鹿なことがあるか!」
「ゆえに、神の御名において、この地を浄化する!」
その言葉が、殺戮の引き金となった。
騎士たちが、一斉に剣を抜いた。鋼の擦れる音が、村の空気を無惨に切り裂いていく。
「やめろ……やめてくれっ!」
カイの心の叫びは、誰にも届かない。白銀の刃が、鍬や棍棒で抵抗しようとする村人たちへと容赦なく振り下ろされた。そこは一瞬にして、阿鼻叫喚の地獄へと変わった。カイは、ただ立ち尽くすことしかできない。足が鉛のように重く、声も出なかった。
「カイ!こっちへ!」
「エルザこそ、早く逃げるんだ!」
聞き覚えのある声に、はっと我に返る。エルザだった。彼女はカイを庇うように、騎士の前に立ちはだかっていた。
「よせ、エルザ!だめだ!」
カイの絶叫は間に合わない。非情な刃がきらめき、彼女の細い身体を容易く貫いた。
「あ……」
その瞳から光が失われ、まるで糸の切れた操り人形のように、彼女は静かに崩れ落ちた。
「ああ……あああああああああっ!」
カイの喉から、獣のような咆哮が迸った。何かが、ぷつりと切れる音がした。彼は我を忘れ、エルザの亡骸へと駆け寄ろうとする。だが、騎士の無慈悲な一撃が、彼の脇腹を熱く切り裂いた。
「ぐっ……!」
地面に倒れ込み、燃え盛る家々を見上げる。熱い痛みが脇腹を焼く。だが、それ以上に心を焼く絶望と憎悪が、肉体の感覚を麻痺させていくようだった。
「なぜ……どうして……こんなことが……」
薄れゆく意識の中、カイは問い続ける。答えなど、どこにもない。ただ、無力感と絶望だけが、彼の心を黒く塗りつぶしていく。もう、どうでもよかった。そう思った瞬間だった。
「――■■■■を■■せよ――」
ノイズ混じりの声が、頭の中に直接響いた。
「え……?」
次の瞬間、突如、世界から音が消え、色が抜け落ちた。
燃え盛る炎は、ただの「熱量と光の集合体」に。振り下ろされる剣は、「運動エネルギーを持つ鉄塊」に。騎士たちの顔には、「敵意」「殺意」「盲信」という青い光の文字が浮かび上がって見えた。万物が秘める意味が、奔流となって脳髄へと叩きつけられる。
「う、あ……ああ……っ!」
割れるような頭痛。許容量を超えた情報奔流に彼の精神は軋みを上げ、意識は完全に闇へと断ち切られた。
どれほどの時が経ったのか。まだズキズキと痛む頭を押さえながら、カイは身を起こした。悲しみも、絶望も、今はもうない。ただ、全てを焼き尽くすほどの憎悪だけが、彼の空っぽの心を支配していた。
「……必ず」
焼け付く喉から、かろうじて声を絞り出す。
「必ず、おまえたちを……いや、おまえたちにこんなことをさせた、神を……」
燃え尽きた故郷を背に、カイはよろめきながら歩き出した。その瞳は、静かな、しかし底なしの憎悪の色に染まっていた。
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