第14話

「――力ずくで聞き出すつもりなら、相手になる。その呪われた体で、この聖剣の一撃が受けられるというのなら、な」


 俺の言葉が、氷のように冷たく広場に響き渡る。

 聖剣『アルテミスの祝福ブレス・オブ・アルテミス』から溢れ出す、鞘に収まりきらない神聖なオーラが、騎士たちの肌をピリピリと刺した。誰もが、俺の腰の剣から目を離せないでいる。


「ま、待て……! 早まるな、若者よ!」


 最初に動いたのは、騎士隊長だった。彼は経験豊富なのだろう。俺がただの若者ではなく、自分たちが決して敵に回してはならない存在であることを、本能で悟っていた。


「我々に、君と敵対する意思はない。ただ、我々の仲間を救う手立てが知りたいだけなのだ!」

「貴様あっ! この俺を見捨てるというのか、ユウキ!」


 騎士隊長が必死に場を収めようとする一方で、アレスが地面に這いつくばったまま、憎悪に満ちた声で叫ぶ。だが、呪いに蝕まれたその声には、もはや何の力もなかった。

 俺は、そんなアレスを一瞥だにせず、騎士隊長に向かって静かに口を開いた。


「取引をしよう」

「……取引?」

「あんたたちの仲間を蝕む呪い、それを解く方法を教えてやる。その代わり、エルフの里には今後一切近づかないと、天にいるという女神の名に懸けて誓え。もちろん、この村の者に手出しをしないこともだ」


 その提案に、騎士隊長は目を見開いた。


「なっ……呪いを解く方法を、知っているというのか!?」

《ほう、ただ突っぱねるだけではないのか! 面白い!》

《見捨てるのは簡単だが、それでは騎士団に遺恨が残る。最善手だ!》

《どうやって解く気だ? やはり聖剣の力か?》


 俺は答える代わりに、アレスの体を改めて【鑑定眼・極】で観察した。

 彼の首にかかっている、何の変哲もない黒曜石の首飾り。俺の眼には、そこから禍々しい呪いの糸が、アレスの全身に絡みついているのがはっきりと見えていた。


「アレス。お前が首から下げている、その黒曜石の首飾りが呪いの媒体だ」

「……は? この首飾り……? これは、ダンジョンで拾ったただの……」

「それを破壊すれば、呪いは解ける。だが、一つ忠告しておく。素人が下手に壊せば、圧縮されていた呪いの力が暴発して、お前たちは一瞬で塵になるだろうな」


 俺の言葉に、アレスも、騎士たちも、息を呑んで首飾りに視線を集中させる。王国の誰にも見抜けなかった呪いの核心を、俺がいとも簡単に見抜いた。その事実に、彼らはようやく気づいたのだ。目の前にいる青年が、自分たちの理解を遥かに超えた存在であるということに。


「……わかった」


 騎士隊長が、兜を脱ぎ、俺の前に深々と頭を下げた。


「取引を受け入れよう。騎士団の名誉に懸けて、エルフの民と、この村の平穏を乱さないと誓う。だから、どうか我々を救ってほしい」

「……いいだろう」


 俺は頷くと、アレスの前に立った。彼は、恐怖と、屈辱と、そして僅かな希望が入り混じった、複雑な顔で俺を見上げている。


「勘違いするな、アレス。俺はあんたを助けるわけじゃない。あんたの仲間がどうなろうと知ったことではないが、呪われたままのお前たちがこの辺りをうろつかれるのは、迷惑なんでね」


 俺は言い放つと、ついに、腰の『アルテミスの祝福ブレス・オブ・アルテミス』を抜き放った。

 鞘から現れた神々しい銀色の刀身が、太陽の光を反射し、広場を白銀の光で満たす。騎士たちが、そのあまりの美しさと神聖さに「おお……」と感嘆の声を漏らした。


「――いくぞ」


 俺は短く告げると、聖剣を振り下ろした。

 狙いは、アレスの首にかかった黒曜石の首飾り。


 キィンッ、という甲高い音と共に、首飾りは聖剣の切っ先に触れただけで、粉々に砕け散った。

 その瞬間、アレスの体から、怨念が凝縮されたかのような、おぞましい黒い瘴気が噴き出す!


「ぐわあああああっ!」

「いかん! 暴発したか!?」


 騎士たちが身構える。

 だが、その瘴気が周囲に拡散するよりも速く、聖剣から放たれた純白の光が、黒い闇を優しく包み込んだ。

 瘴気は、まるで雪が太陽に溶かされるように、悲鳴のような音を立てながら、光の中へと消滅していった。


「……げほっ、ごほっ……はっ……?」


 アレスは激しく咳き込みながらも、自分の体に力が戻ってくるのを感じていた。呪いの枷が、完全に外れたのだ。

 彼は呆然と、聖剣を鞘に納める俺の姿を見上げていた。

 かつて自分が「地味で役に立たない」と切り捨てたスキルを持つ男。その男が今、神々しい剣を携え、王国最高の神官でも手も足も出なかった呪いを、一振りで、塵芥のように消し去ってしまった。

 絶対的な、格の違い。


「約束は守ってもらう。さっさとこの村から出ていけ」


 俺は彼らに背を向けると、鍛冶屋の方へと歩き出す。

 騎士隊長は、俺の背中に再び深々と頭を下げると、放心状態のアレスを抱え、仲間たちと共に馬車へと戻っていった。


 去り際、アレスが一度だけ振り返り、何かを言おうとしていたが、その声が俺に届くことはなかった。

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