第18話 小十郎を切る!

 「伊吹騒動いぶきそうどう」の後始末が終わったのは、伊吹山が嫁入り衣装を羽織った12月の頃であった。


 石取村いしとりむらの名士達は、宇津木小十郎うつきこじゅうろうの新たな申し出を受けて頭を抱えていた。


 「村にある蓄えの半分を差し出せとは、あまりにご無体ではござらんか!」


 「落ち着きなされ。これも、塩野和尚が騒動に関与したからであろう。仕置きは当然じゃ」


 「ふざけるでない!大体。なぜにこのようなことになったのか、考えればわかることであろう。親家である泰繫様に申し出よう」


 「聞き入れるわけがない。あの者だって、分け前をもらっているのだ」


 「だとしたら、もっと上に言えばよかろう」


 「そないな無茶な。そのようなツテなどないだろうに」


 意見がまとまらない庄屋屋敷の空気を切り裂くように玄関の扉が勢いよく開いた。


 「久しいな、村の衆。がん首揃って困りごとか?」


 渡辺勘兵わたなべかんべいとゆきが彼らに向かって、不敵な笑みを浮かべて立っていた。


 「あんたは!一体何をしに来たのだ?」


 「お主らの厄介ごとを終わらせに来たのだよ」


 「?」

 

 勘兵がそう言うと、後ろから顔を出した人物にみなが頭を下げた。


 そこに居たのは、話題にしていた宇津木泰繫うつきやすしげであった。


 「名士の諸君。今日より、この村は藩直の村となる。故に小十郎の指示を受けずともよいのだ」


 「なんですと!」


 驚いた名士たちの中から数人が驚いた表情で声を上げた。


 「何故でありまするか?もしや、この者たちの申し出を受け入れてのことでしょうや」


 名士の一人が問いかけると、ゆきが少し満足げに頷く。


 「なんと恐れ多い事を!貴様のような女は、この村にはいらんのだ」


 「そうだ!厄介ごとばかり増やしよって」


 ゆきの思いとは別に名士たちからは、不満や腹立ちの怒鳴り声が彼女へと浴びせられた。


 ゆきは、彼らの怒り声に勘兵の後ろに隠れると、かばう様に勘兵が立ちはだかる。


 「君たちは、小十郎と好を通じていた者達だろう。ここに名前があるぞ」


 勘兵がそう言うと、調査し終えた帳簿の名前を見せる。


 「都合がいいもんな。このまま、こっちだけ優遇されているのなら、年貢とかの融通もされるんだから」


 「そういえば、お前さんらの家の年貢って、土地のわりに少ないよな」


 勘兵が物言いに、村の者達にも覚えがあったのか賛同していく。


 「お前ら!こんなよそ者の話を信じるのか?」

 

 「そうだ!村のものを信じなくてどうする」


 苛立っていた小十郎派いわれている名士達は、村の者たちが持つ仲間意識に訴え始めた。


 「この者たちが、優遇されている証拠はここにある。磯野殿」


 勘兵の紹介により、磯野行尚いそのゆきなおが頭を掻きながら中に入ってくる。


 「まったく、人使いが荒いな。ごほん。拙者は、筆頭家老木俣土佐守守勝きまたとさのかみもりかつ様の代理である。この目録は、我らが調査した結果のことが書いている。申し開きがあるならば、彦根城で受けようではないか」


 磯野がそう言うと、さっきまで怒り口調であった名士たちは、一斉に沈黙した。


 「よーし。この村で蜜を吸っていた者たちの処分は、西郷殿たちに任せるとして。我らは、もう一つの仕事に移ろうじゃないですか」


 勘兵がそう言うと、泰繫も吹っ切れたような顔で、次の目的地に向かった。


 その頃、伊吹山から南に下っていた先にある「醒井さめがい」地に建てられた巨大な屋形こそ小十郎が住まう大屋敷である。


 そこの母屋から家主の大声が響いた。


 「ご領地召し上げじゃと!」


 「いかにも。領内での横柄に先の伊吹で起こった不始末。これらの事に宗家並び井伊の殿様より、これらの領土を手放し、本人も隠居するようにとの御達しであります」


 小十郎に冷たく告げる使者の言葉に、納得のいかなかった小十郎は、立ったまま震えていた。


 「あれは、百姓共が勝手に起こした事であろう。それに、横領等は当家だけではないはず」


 「左様。なので伊吹周辺の地一時的に井伊家預かり後となります。その後、誰かに加増するかどうかは、関係ない事かと」


 「納得いきません!儂も含めて井伊の殿様に尽くしてきた者たちに対して、このような扱いをするとは」


 使者に対して必死に食い下がる小十郎であったが、彼が当主の出した指示を変えられる訳もなかった。


 「お裁き故、いた仕方ない事です」


 使者の冷たい言葉に切れた小十郎は、後ろにある刀に手を取ると、そのままの勢いで抜き振るった。


 言葉を発する間もなく切り倒されました使者が血飛沫の中で倒れる。


 「誰かおるか!」


 小十郎の大声に慌てて走って来ると、広間の惨状をを見て驚いていた。


 「直ちに兵達を登らせろ。戦に備えるのだ」


 「殿!この惨状は」


 「そんな事は、どうでもいい。とにかく、戦の準備をしろ」


 小十郎が勇ましい声で指示を出すも、ほかの部下たちは、動揺していた。


 小十郎の屋敷より発された号令により、彼が抱える私兵たちが呼び集められた。





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