第17話 苦労の後

 西郷重員さいごうしげかず渡辺勘兵わたなべかんべいとの交渉に赴いて数刻たった頃。


 井伊家討伐隊本陣には、西郷の身を案じる家臣団が、がん首揃えて様子を見ていた。


 「軍監殿は無事であろうか」


 「講和を一方的に切った後だからな。向こうの知人がいるとは申せ、難しいだろう」


 「では、救出に向かわねばならんのではないか」


 「馬鹿!ここで手を出したら、軍艦殿の命がないではないか」


 家臣団は、各々の意見を言い合っている者の、重い腰を上げるまでには至らなかった。


 この幕営の一番隅にて無言で座って待つ宇津木泰繫うつきやすしげに家臣団の視線が徐々に集まっていった。


 彼の甥である宇津木小十郎うつきこじゅうろうが行った塩野清助しおのきよすけを襲撃したことにより、講和を台無しにした事で、自身にも責任を抱えていた。


 「宇津木殿。何かおっしゃったらどうですか」


 「左様ですぞ。いつまでも項垂れていたところで、解決しないのですから」


 家臣団の中で心配していた者たちが声をかけて、慰めてようとしていた。


 「おい!集落の方から火の手が上がっているぞ」


 「誠じゃ!集落が焼け落ちておる」


 火の手が上がっているのに気付いた家臣達が騒ぎ出した。


 「申し上げます。西郷様と投降した賊どもが、陣へと到着しました」


 報告に来た兵士が西郷たちの帰還を伝えに言った。


 「なんと!」


 「いかにして手懐けたのじゃ」


 驚きの表情を並べる中で、ようやく動いた泰繫が陣幕の外へと出て行った。


 「宇津木殿。どちらに行かれまするか?」


 泰繫を引き留めようと数人の家臣が声をかけるも、彼が止まることはなく、外へ出て行った。


 「諸将方。今戻ったぞ」


 「おかえりなさいませ。軍艦殿」


 西郷の帰還に家臣団は、安堵した表情で出迎えると共に、事の次第を聞くためにソワソワしていた。


 「首尾よく運んだみたいですね。賊共もこうして投降してきたところを見るに、かなり苦しい立場であったのでしょう」


 「左様。どうやら、頭目との折り合いが悪かったみたいで、対立が酷くなったために襲撃の際に殺されたようなのだ」


 「だとしたら、連中に戦う意思は無いと?」


 「そのようだ。その為、彼らには失った雑兵達の代わりとして勤めてもらう予定だ」


 西郷の案に他の家臣は、難色を示していた。


 「西郷殿。連中は、元々賊に落ちた者達ですよ。そんな連中に背後を任せるのは、如何なものかと」


 「彼らは、果敢に当家の者たちと戦い、生き残ってきといる。それに、彼らの血判状を書かせるつもりだ」


 「それならば・・・・」


 西郷がそう言うと、一人の兵士が慌てて幕営に飛び込んできた。


 「大変です!宇津木様が」


 報告してきた兵士の言葉に反応して、彼の走ってきた方向にかけていく。


 そこでは、降伏していた賊を数人切り倒した後に数人の足軽によって止められていた。


 「泰繫!何をやっておるのだ」


 「こ奴らのせいで、わしの配下たちが討たれてしまったのだ!儂が仇をとらねば顔向けできぬのだ」


 怯え切った賊達は、その場で座り込んで慄いていた。


 「こ奴らは、降伏したのだ!如何に恨みがあろうと、捨て討ちすることは許さん」


 泰繫は、その場にへたり込んで、男泣きをしながら自身の家臣たちの名を呟いていた。


 「戦はこれまでだ!皆の者。陣払いいたすぞ」


 西郷の号令により、雑兵衆を中心にして陣払いの準備が始まった。


 こうして、伊吹山周辺で起こった騒動は収束に向かうことになった。


 それから数日後の彦根城において、仙石秀範せんごくひでのりに連れられた一人の浪人が、西郷の屋敷を訪れていた。


 「西郷殿にお会いしたく、まかり越した。お繋ぎいただけぬか?」


 下人にそう伝えると、屋敷の奥から西郷が出迎えに来てくれた。


 「仙石殿。よく来られましたな。さぁ、なかにお入りください」


 西郷の招きに応じて、二人は中にはいっていくと、客間にて新たに三人の人物に出迎えられる。


 出迎えたのは、磯野行尚いそのゆきなお中野三孝なかのみつたか、ゆきであり、今回の策を西郷より聞いて、集まってくれたものである。


 「西郷殿。お二方は」


 「井伊家一門衆の中野様に伊吹周辺の内情を報告しに来た磯野殿だ。この娘は、そちらの知り合いらしい」


 「ええ。彼女は、拙者らが来るきっかけになった者なので」


 笠を外しながら渡辺勘兵わたなべかんべいが告げる。


 「それでは、伊吹の検めと参りましょうか」


 仙石がそう言うと共に中野と西郷が揃えた証拠を並べ始める。


 そこに並べられた証拠は、伊吹の地を治める各家の石高と納められている年貢量の差や彦根城普請にどれ程の奉公金を出しているか等が記されていた。


 「さて、ここからが探しましょう」


 そのように勘兵達が洗い出してから数日後。


 自身の屋敷に蟄居していた泰繁に木俣守勝きまたもりかつが訪ねてきた。


 「木俣殿。そなたも拙者を笑いに来られたか?」


 「そうして欲しいのかな?」


 大分しおらしくしていた泰繁に微笑んで尋ねる木俣に、泰繁が渋い顔をして首を横に振った。


 「お前さんが心配しているのは分かるが、今後の井伊家にとってお主が必要なのだよ」


木俣の話ぶりに妙な違和感を覚えた泰繁は、彼の方へと目をやった。


 「儂は、近く隠居する。だが、井伊家の今後において、目付の西郷や一門である野中だけでは支えきれない。お主のような清濁知り尽くしていた男が必要なのだよ」


 「木俣殿が隠居ですと!駿河以来の井伊家を支えて来たあなたがですか?」


 「いや、本当だ。この歳までお仕えできたことが嬉しいくらいだ。しかし、今後の井伊家を支える若い者たちに道を譲るためにも、退かねばならないと思ったのだ」


 「だからと言って、木俣殿が退かなくても・・・・」


 「今後は、倅を出仕させていくつもりなのだ。今後の事は、頼むぞ」


 「わかりました。ただ、拙者も裁きを受ける身ですので、残れるかどうか」


 「そこでだ、儂の下におる磯野が中野殿に渡りをつけてくれてな。これを、飲んでくれたら、君をかばいだて出来ると思うのだ」


 そう言って、木俣が懐から取り出した文を見た泰繫は、動揺したままに顔を上げた。


 そこには、彦根に所領が移ってから行われていた横領や不当人事などに関わった者たちの名前を列挙した告発状であった。


 「これは・・・・なんと。しかし、儂に何をしろというのですか?」


 「この者たちを追求するのには、今一つ情報が足りなくてね。そこで、君の従兄弟という事だよ」


 「まさか!従兄弟を差し出せと」


 木俣の申し出に泰繫は、少し怒りの表情を浮かべていた。


 「あの男を切らねば、貴様も巻き込まれて処分されるだろう。そのようなことは、儂が許さん」


 「・・・・」

 

 泰繫は、小十郎を切り離すことが出来るのか?勘兵たちの世直しが出来るのか。

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