君の声が聴きたい
解月冴
声
高校一年生の夏、不登校になった。
理由は特に無い。
高校に入ってから、今までより早起きして長い間満員電車に乗って学校で勉強して………。
別にすごい遠いわけじゃ無いのに登校の時間がひどく長く感じて、知らない人の間に挟まれて降りるのも一苦労で。
学校でも周りがどんどん仲の良い友達を作っていく中で俺だけ一人。
勉強も中学まではそこそこ出来る方なはずだったのに、分からないところが解決しないまま進んでいく授業に次第についていけなくなって。
手軽に楽しくなれるゲームや同じような人間の存在を求めてSNSに逃げた。
他人の失敗を見たら笑えたから動画サイトでそんなのばかりを漁って。
その度に俺って最低だな、って自己嫌悪する。
そしてそのまま夏休みに入って、とうとう駄目になった。
朝起きられなくなった。
長期休みに入れば大体の奴がそうだろう、と思って気にしていなかった。
何かをする気力が湧かなくなった。
疲れてるだけだ、と自分に言い聞かせた。
でも学校が始まる日が近づくにつれて、体調が悪くなる日が出てきた。
体は弱くない、むしろ強い方なのに。
そして登校日の日、とうとう部屋から出られなくなった。
体調が悪いのか、何かが嫌なのか、何なのか。
自分で考えてみても全く分からなかった。
幸い仕事から帰った母親は俺が学校に行かないことを責めないでいてくれた。
でもあの顔は優しさというより、諦めだろう。
父親は俺を責めたが、特に何も思わなかった。
それから俺はこれまでの二年間、ずっと部屋に籠って生活している。
ゲームをして、ゲームに飽きたらSNS、それも飽きたら惰性で動画サイトを漁る。
ゲーム実況、解説・攻略動画、クソゲー紹介、たまにおすすめに出てくるVtuberの切り抜きなんかを覗いては楽しそうな画面の先が羨ましくなったり。
どうしたら、そんなに楽しそうに出来るのか。
画面の奥の人達を見ていたってきっと分かりはしない。聞いたとしてもそんなコメント、拾われはしないだろう。
死にたい………いや、消えたい。
もう生きているのがしんどい。
でも多分俺が死んだら色んな人に迷惑がかかってしまう。それはなんだか申し訳ない。
あ〜誰にも迷惑かけずに、誰にも知られずに消える方法ってないのかな。
動画にも飽きて適当な音楽を自動再生で流していると、突然綺麗な声が聞こえてきた。
反射的に顔を上げると、動画は白背景に黒の活字で歌詞が出るだけという今の時代少ないであろうシンプルなものだった。
それでもその綺麗な歌声だけで聴こうと思える。引き込まれてしまう。
曲が終わって慌ててチャンネルページに飛ぶ。
『黒留鈴』
なんて読むんだろう………くろどめすず?
素直に読んで良いんだろうか。
凄く綺麗な声だった。知らない曲だった。
動画の一覧を見るとその全てが白背景に黒の活字で曲名が書かれたサムネ。
チャンネルの紹介欄は「好きな歌を歌っています」それだけが書いている。
一番最新の動画を再生した。
今度も知らない曲。
それでも綺麗な声は同じだった。
語るように歌う人だと思った。
聴き終わって、泣いてることに気づいた。
ただ声が綺麗なだけなのに。
聴いてる人に届けようという想いが声に乗っているようで、静かに染み込んでくる。
動画の概要欄には、本家のリンクやMixを担当した人の名前とSNSアカウントが箇条書きで書かれているだけだ。
優しく丁寧に、曲を大事にして想いを乗せて歌う女の人。それしか分からない。
しかもほとんど主観だ。
それでも曲を聴いて泣いたのは初めてだった。
もっと聴きたい。
それから俺は毎日一曲ずつ、黒留鈴の歌う曲を聴いた。
かなり長い間やっているようで、初投稿から順番に聴いていたらいつの間にか一ヶ月が経っていたがそれでも最新まではまだまだたくさんの動画が並んでいた。
朝、というか昼に起きては聴き、ゲームの合間やSNSを眺める間にも聴いた。
SNSは黒留鈴で調べたらすぐにアカウントが出てきたため定期的に見てはいるが新しい動画を投稿した際にお知らせを出すぐらいで、あとはたまにアカペラで流行りの曲をサビだけ、とかの短めの動画が上がるがそれも白背景に黒の活字で歌詞と曲名が出るだけ。
この人自身のことは何も出ていなかった。
この黒留鈴という名前もきっと本名じゃないだろう。本名だったらびっくりするな。
彼女の声は日に日に俺を前向きにしている気がした。朝少しづつではあるけど起きられるようになってきて、家から誰もいなくなるのをドアの音で確認してリビングでご飯を食べるようになった。今までは自分で用意はしても部屋に持ってきて食べてたから。
一度うっかりして帰ってきた母親と鉢合わせて俺がリビングにいることに驚かれはしたけど、特に何も言わずに一緒にご飯を食べた。
久々に人と食べるご飯は美味しかった。
会話がないせいで気まずくなって結局逃げるようにまた部屋に戻ってしまったけど久々に母親と顔を合わせて、懐かしくなった。
外にも、近所のコンビニだけど出てみている。
平日の昼間と夜中、とにかく知り合いに会う可能性の低い時間帯に出るようにした。
外に行くときは必ずその日聴く黒留鈴の曲をループ再生している。そうすると足取りが軽くなる気がした。彼女が歌う曲は寄り添いつつ背中を押すようなフレーズが多いから。
昨日、勇気を出して動画にコメントした。
『とても綺麗な声で感動しました。背中を押してくれてありがとうございます』
何度見ても文章が変な気がしてコメントするのに一時間もかかってしまったけど、もしかしたら届くかもしれない。そう思うと嬉しかった。
今日も黒留鈴の曲を聴く。
まだ一歩にも満たないけれど、それでも俺は少しずつ進めている。
それもこれも全部この声のお陰だ。
もっと、君の声が聴きたい。
君の声が聴きたい 解月冴 @KaiTukasa
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