第5話 エピローグ 恋のゆくえ

​〜エピローグ 恋のゆくえ〜




​夜が更け、マンションの窓からはきらめく街の灯りが遠くに見えた。

サングリアのグラスが空になり、

彗ちゃんがキッチンで新しいボトルを開ける音が聞こえる。


​私はソファにもたれかかり、

心の中で今日の出来事を反芻していた。


桃のパスタを落として恥ずかしそうにする彗ちゃん、デザートを差し出すときの真剣な眼差し。

どの瞬間も、私の心を優しく揺らしていく。



​「どうかした?」


​不意に、彗ちゃんの声が聞こえた。

いつの間にか、彼は私の隣に腰を下ろしていた。


​「ううん、なんでもない。

ただ、今日の料理がすごく美味しかったから」


​そう言うと、彼は満足そうに微笑んだ。

その横顔は、夜のとばりに溶け込むようで、まるで幻のようだ。


​「ねえ、桃の香りって、詩にできそうだね」


​彼はそう呟き、グラスをゆっくりと傾けた。


その横顔に、私は再び心を奪われる。

この美しい横顔も、その言葉も、すべてが私だけのものじゃない。



​「ねえ、彗ちゃん。誰か好きな人はいるの?」


​酔いに任せて、私はとうとう尋ねてしまった。

彗ちゃんのグラスを持つ手が、一瞬止まる。


​「どうして?」


​「ううん、なんとなく。

指輪、誰かからもらったのかなって…」


​そう言って、私は彼の右手を見る。

小指に光る銀の指輪。


“とても 大切そうにしている…”と、私は思った。

その指輪が、私にとって唯一心にひっかかっている。



​「これは、高校生の頃からつけてるんだ。

お守りみたいなものかな。

ぼくのアイデンティティみたいなものかな…

ははは…」


​そう言って、彼は指輪を外した。

そして、それを私の掌にそっと乗せた。


指輪の金属が熱を持ってあたたかい…。

私は彗ちゃんの体温を右の手のひらの真ん中に感じた。


私はドキドキした。

彗ちゃんを これまでより身近に感じる…。


その体温が永遠に私の掌に残されて消えない気がした。



​「これは、僕が僕でいるための、たったひとつの目印だった。


えっと…君にも…同じ指輪を贈ってもいい…かな…。」


​彗ちゃんは私の目をまっすぐ見つめ、そう囁いた。

聞き慣れた低音の澄んだ声だった。


その声は、桃の香りのように甘く、そしてほんの少しだけ、熱を帯びていた。



“え、えーーっ!?

信じられない…”



これが私の声にならない声だった。

私のこころの時間が一瞬止まった…。

思考停止…。

呼吸停止…



窓の外の街の景色も目に入らない。

外の喧騒も、もう耳に入らない。



“あー、永遠にこの時がとまればいいのに…”



鼓動が鐘が鳴るように いきなり速くなって、

頬が紅潮しているのがわかる。

あー、どうしよう!



私のこころは、どんなかぐわしいブランデーや

甘いももよりも、sweet な 気持ちでうっとり

しているのに、同時に胸がいっぱいになって、

ソーダ水のように弾けとんだ…。



深呼吸して目をつむると、たくさんの小さなガラスのビーズのような色とりどりの光の粒が

目の前に散りばめられてキラキラときらめきながらパーンとはれつした…。















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詩人彗ちゃんの桃のレシピ〜彗ちゃんシリーズ1 める @Meru05

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