第四色 青色の瞳、揺れる心

 様子の変わった彼が、私に言う。


「お前の傷は、お前しか知らねえんだよ。その説明もせず、『痛い。苦しい』とも叫ばずに、それじゃ伝わるはずないだろ?挙げ句の果てには死のうだとか。お前は最後まで他人のせいにするのかよ。意味わかんねえ」

 グサリと、胸の辺りに痛みが刺さる。


 図星だった。私はずっと、誰かのために生きているつもりだった。

 けれど違う。私は今まで、人に責任を押し付けて、逃げてきただけなんだ。


「あ、あなたには、関係ないでしょ」

 震える口を無理やり動かし、弱々しく私は言う。

「確かに俺にはなんの関係もない。けど、お前が死ぬことで不幸になるやつは大勢いる」

「なんで、そんなことわかるんですか?」

「なんでもだよ」

 彼は幼い子供を相手にするように言った。


 私は納得できない。

「お前が生きていることで救われるやつは確かにいるんだよ」

「それが、私である必要はないでしょう!」

 私は声を荒らげていた。呼吸もまともにせず、なおも続ける。

「私以外にも、私の代わりはいくらでもいるんだし」

 すると、彼は帽子のつばを軽くあげた。

 私は息を呑む。


 その瞬間、世界が静寂に包まれる。

 その瞳は透き通るように青く、宝石のように輝いていた。


「お前、本当にそんなこと思ってるのか?」

 沈黙を、彼の言葉が破る。

 私はハッとして、彼に言う。


「あ、当たり前でしょ?この世に何人の人がいると思ってるのよ。私一人の命なんて、なんの価値も……」

ない。そう言おうとして、彼に遮られる。

「ふざけんじゃねえ!」

 帽子を地面に叩きつけて、彼が怒鳴る。

 感情を露わにしたその姿に、私はただただ呆然とした。


「確かに、お前の代わりはいくらでもいるよ。お前の役をやってくれる奴も、お前のいない席を埋めてくれる奴もたくさんいる!」

「だったら!」

「だけど!!」

 被せようとした私を、さらに遮る彼。


「お前は、お前しかいないだろうが!お前にできて、他の奴にはできないことだってある。お前のポジションではなく、お前自身を大切に思っている奴だってたくさんいる。人はな、役割じゃねえんだよ。お前がお前であって、初めて意味が生まれるんだよ!」

彼は必死な面持ちで叫んでいた。握りしめた拳をワナワナと震わせる。


 屋上に、少しだけ沈黙が舞い降りる。もちろん私は何も言えない。


 弱くなったはずの雨の音がやけに大きく聞こえた。


 でも、それは一瞬のことで、彼は息を整え、さらに声を荒げた。

「自分で自分の価値を疑うなんて、そんなこと、あっていいわけないだろう!」


 私は息をのんだ。

 胸が、締め付けられる。痛いわけじゃない。

 温かく、包み込まれたようだ。


 黙ったままの私を見て、どうやら彼は我に返ったようで、

「悪い。でかい声出して」

とバツの悪そうな顔をして目を背けた。

「とにかく、お前が生きてるだけで幸せなやつがいる。そのことを忘れんな」


 私は彼の言葉を、心の中で反芻する。

 空っぽな心が、彼の言葉に満たされていく。そんな感覚がした。

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