第20話 出来る女、サーシャ

 ニュース会社のクルーが去って、会議室はがらんと静まり返った。


 さっきまではカメラ照明に照らされ、それなりの会見場に見えていこの部屋。しかし通常の照明に戻るとやっぱり――年季の入った草臥れた工場の一室だった。安っぽい床材の汚れも、壁のシミも、はっきりと見える。


 まあ、むしろこのくらいの方が、気が楽ではある。


 問題は、まだ席を立たないこの二人だ。


「それではレイ君。さっそく報酬の話と、ネメシスの買取について……軍から提示する金額を伝えさせていただく」


 マクシミリアン中佐の軍人らしい単刀直入な物言い。駆け引きの欠片もない。


「報酬……?」


 ネメシスの機体を買い取るという話はあったが、報酬とはいったいどういうことだろう。ネメシスの売却金額も、サーシャがいなければ判断のしようがない。


 そこへ、中佐の副官――ロゼリー少尉が補足を入れる。


「まず、戦闘データの提供に対する謝礼です。ちなみに、あのクラスターランチャー。実戦での使用は今回が初めてでした。開発実験団が喜ぶでしょう。それと、ネメシス撃墜の報奨金……いわゆる口止め料というやつですね」


 そう言って、場違いなほど愛想のいい笑みを見せた。


「本来なら、我々が先に君との接点を持ちたかったのだが……偶然とはいえ、クラフトン商会に先を越されてしまったな」


 マクシミリアン中佐は視線を横に流し、わずかに目を細める。こちらの反応を探るような眼差し。


「サーシャ君か。身体ひとつで社を支えてきた手練れだとは聞いていたが……チャンスの掴み方も心得ているようだ」


 軍情報部の人間なら、彼女のやって来たことも当然把握しているはずだ。その上で発したこの言葉。


「――そういう言い方はやめてください」


 このやろう! サーシャへの侮辱は許せない。ついカッとなって、強く言い返していた。


 マクシミリアン中佐が、意外そうな顔をしてこちらを見る。


「……失礼した。確かに、配慮を欠いた言い方だったかもしれない」


 そう言って、軽く頭を下げた。


「ただ、誤解しないでほしい。私の言葉に他意はない。船を失い、経営の危機に陥った状況を――彼女はこの短時間で逆転してみせた。その事実を評価した。それだけだ」


 ロゼリー少尉が睨むような目でマクシミリアン中佐を見つめ、口を開いた。

 

「中佐、貴方はいつも表現が直接的すぎるのです。言葉を選ぶというか、相手への配慮を学んだほうが良いですよ」


「すまない、私の悪い癖だ」


 なるほど。典型的な天才肌だな。物事が見えすぎているがゆえに、それが当然だと思ってしまう。そして、相手も同じように見えているものだと、無意識に思い込んでしまうのだ。こういうタイプは、えてして言葉が足りない。


 誤解を生みやすいが――下手な駆け引きをしない分だけ、圧倒的に信用できる。


 そこへ音を立てて引き戸が開き、二人の人影が部屋に入ってきた。


「あら、軍人さん」


 前にいたサーシャが、にこりともせずに声を発した。グレーの作業ズボンにクラフトン商会と刺繍された大きめの上着、後ろで無造作に髪を束ねている。先ほどまでのパイロットスーツとは打って変わって、今の彼女はいかにも廃品回収業者の女性従業員といった格好だった。


「レイは、すでに当社の専属として働いてもらうことになっていますの。引き抜きのお話でしたら――よそでやっていただけます? ここ、うちの施設ですので」


 声は柔らかかったが、挑発的な言葉遣い。真正面からマクシミリアン中佐を睨みつけていた。


「いや、サーシャ。引き抜きじゃない。軍情報部のマクシミリアン中佐と、副官のロゼリー少尉だ」

 

 椅子から立ち上がって手で制し、簡単に状況を説明する。

 

「ネメシスの機体を、軍が買い取るという話。それと、撃墜の戦果を軍に譲ったことに対する、報酬の確認をしていただけだよ」


 そう言うと、サーシャはふわりと微笑んで視線をこちらに向けた。それまでの刺すような視線が嘘のように柔らかくなり、ホッと緊張がゆるむ。


「あら、そうでしたの。ごめんなさいね」


 笑顔のままマクシミリアン中佐へ視線を戻すが、彼を見る目は全く笑ってない。


 ……やっぱりこの女、怖い。

 

 そんな感想を抱きながらロゼリー少尉に視線を送ると、彼女は憧れのアイドルを見るような瞳でサーシャを見つめていた。


「サーシャさん……できる女ですね。かっこいい」


 小さく呟いていた。


 マクシミリアン中佐はそんな様子にも動じることなく、涼しい顔のまま立ち上がる。


「ちょうど良いところでした。こちらからも、レイ君と共に伺おうと思っていたところです」


 優雅な所作で一礼すると、芝居がかった丁寧な動きで再び席に戻る。


「中佐殿。そして少尉さん。お初にお目にかかりやす。クラフトン商会、工場長のグリムと申します。レイ君、先ほどはどうも」


 この隙にサーシャの後ろに立っていた中年の男……グリムが名乗り、深々と頭を下げた。そのまま歩み寄って右手を差し出し、順に二人の軍人と握手を交わす。


「とにかく。そういうお話でしたら、ここよりも商談室の方がよろしいですわね。工場長、案内をお願いします」


 そう言ってサーシャは視線で合図を送り、軽く顎を引く。軍人ふたりを彼に任せ、レイの方へと歩み寄る。


「レイ、ちょっと」


 促されて席を立つと、サーシャが横に並んだ。


「知り合い?」


「いや、俺も今日が初対面。でも……今後は関わることになるかもしれないな」


「……信用してもいいのよね?」


 彼女は歩きながら、ふとレイを見上げるようにして訊いた。


「俺に言ってるのなら、もちろんだ。あの二人も大丈夫だと思う。中佐は相当な切れ者だ。だからこそ下手な芝居はしない。それに――意外と義理堅いところもある」


「ふぅん。……じゃあ、後でハルにでも聞いてみましょうか。あなたの胸に着けてるそれで、ずっとモニターしてたでしょうし」


 そう言って、サーシャはレイの胸元に軽く視線を落とす。そこには小さな通信モジュール。これでハルが逐一会話を聞いているはずだ。

 

「ひどいな、それ……。俺より、ハルの方が信用できるってこと?」


「当然でしょ。宇宙ビジネスは、命のやり取りまでして利権を奪い合う世界よ? あんたみたいな甘ちゃんが一人前ぶるなんて、百年早いわ」


 いや、お前、百年もやってないだろ……。


 言ったら最後、どんな仕返しを食らうか想像もつかない。どうにも腑に落ちないが、グッと言葉を飲み込んだ。


「それよりサーシャ、身体は大丈夫なのか?」


 歩きながら、ふと気になって問いかける。


「ええ、ぴんぴんしてるわ……と言いたいところだけど、もうクタクタ」


 彼女は軽く肩を回しながら、ぐったりとした表情を見せた。


「この話が終わったら、ゆっくり休ませてもらうわ。レイはどうするの?」


「船に戻って休もうかと。あとの事は、明日考えたらいい」


「ふ~ん。私もムラサメの部屋で休ませてもらおうかしら。ここの仮眠室より寝心地いいのよね、静かだし」


 サーシャは腰に手を当てながら、少し悪戯っぽい表情を見せた。


「ああ、好きなようにしたらいい。ハルも歓迎してくれるはずだ」


「なら、そういうことで……最後のひと仕事、終わらせますか」


「……ああ」


 会話を続けながら歩いているうちに、"カンファレンスルーム"と記されたドアの前にたどり着いた。扉の前にはグリムが立っており、促されるまま中に足を踏み入れると、すでにマクシミリアン中佐とロゼリー少尉が席に着いていた。


 俺とサーシャが対面に並んで腰を下ろすと、その横にグリムが静かに椅子を引いて腰を下ろした。


 すかさず女性スタッフが入ってきて、それぞれの前に茶を入れた蓋つきのカップを置いていく。手早く配膳を済ませると、軽く会釈をして出ていった。


「では、先ほどの続きだ」


 マクシミリアン中佐はそう言って、手元の端末を軽く操作するとホロパネルが浮き上がった。


「まず、レイ君への報酬。戦闘データの情報量一〇〇〇万クレジット。そして撃墜の報奨金、これも同じく一〇〇〇万を支払う」


「えっ、そんなに? 撃墜の報奨金はわかりますが、あの戦闘データだけで……」


 思わず口をついて出た言葉に、中佐はほんの一瞬だけこちらを見る。しかし特に反応はせず、無言のまま次の話へと移った。


 ……我ながら、間抜けな反応だった。


 相手が提示してきた金額に対して驚きと戸惑いを口にするなど、まるで商談を分かっていない子供だ。サーシャの隣に座っている以上、もう少ししっかりしないと。


 因みに、クラスターランチャーのロケットは、単純に弾頭をばらまいて起爆するだけの単純構造。爆発の威力こそ高いが、撃ちっぱなしの簡素なロケットなので価格は安い。


「それと、サーシャ君も聞いてくれたまえよ」


 マクシミリアン中佐は、パネルに視線を向けながら淡々と続けた。


「ネメシスの機体は三億クレジットで軍が買い取る。これは決定事項だ。拒めば、面倒なことになる」


 その一言にサーシャの目元がわずかに動いた。ほんの一瞬だが、驚きの表れだと俺にもわかった。


 正直、主砲以外どこに価値があるのかも分からない機体だ。見た目は異様だし、パーツも何が使われてるか分からない。おそらく軍側も、詳細な部品構成や中身までは把握していないはずだ。


 それを三億。


「結構な金額をご提示いただきました。もちろん、異存は御座いません」


 サーシャは静かにそう応じた。しかし、目が細められ、相手の意図を読み取ろうとしていた。


 マクシミリアン中佐は涼しい顔をして、穏やかに言葉を重ねた。


「ええ、破格だと思いますよ。おそらく、機体のパーツだけなら一億にも届かない。それでも三億を出す理由――それは、今後への期待料です」


「……今後ですって?」


 サーシャの声がわずかに低くなり、その瞳に警戒の色が宿る。


 マクシミリアン中佐は表情を崩さず、むしろわずかに微笑んで見せる。


「ええ。あなた方は、メインベルトへ向かうと聞いています。違いますか?」


「そのつもりですけど」


「ならば、他国の私掠艦と交戦する可能性も高い。そして……ネメシスとの接触も、十分にあり得る」


「……ええ、可能性としては高いでしょうね」


 一拍の間を置いて、サーシャがわずかに唇を吊り上げた。その意図を察したのだろう。


「なるほど、そういうことですか……。結構。お受けします」


 マクシミリアン中佐の表情がわずかに和らぐ。


「さすが、サーシャさん。あなたは私の見込みどおりの方だ。軍としても、レイ君を通じてできる限りの協力をお約束しよう」


「はい、それはありがたく受け取っておきます」


「あの、つまり……私掠艦から他国の武器や戦闘関連システムの情報を得て、同時にネメシスの動向を探る。って理解で合ってます?」


 一応の確認だったが、サーシャは静かに頷いて、優しい目でこちらを見る。


「ええ。よくわかってるじゃない」


 そして、ふっと柔らかく微笑んだ。

 

 サーシャとマクシミリアン中佐が微笑みを交わし合う横で、ふとロゼリー少尉に視線を向ける。


 彼女は目が合うと、小さくサムズアップしてにっこり笑った。小柄な彼女がやると小動物みたいで、場の空気がやわらぐ気がした。


「では、この書類に同意コードと署名を」


 マクシミリアン中佐が書面のホロパネルが浮かび上がった端末をこちらに向ける。手をかざすと網膜投影によって確認画面が現れ、視線で同意を選択し、署名コードを送信する。サーシャも同じ動作で応じ、合意書と契約書が取り交わされた。

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