第19話 工場長のグリム
白い壁、白い天井。だが一面の無機質さに反して、ところどころ煤けたような汚れが残っており、年季を感じさせる。クラフトン商会の工場内の会議室。
一〇〇人は収容できそうな広さのこの部屋に、ずらりと机が並べられ、まるで記者会見場のようになっている。最前列に設けられた会見席へと案内され、促されるままに中央の席に腰を下ろす。
なぜか隣には、当たり前のような顔をして協商連合宇宙軍情報部のマクシミリアン中佐が座った。
ならばと視線を動かすと、会見席の端にいたのはロゼリー少尉。もちろん、彼女が司会だ。
「報道各社の皆さん、お待たせしました。今回の一連のネメシスによる襲撃事件について、唯一の生存者を救助したムラサメのキャプテン、レイ・アサイ氏より、救助当時の状況説明を行っていただきます。それではレイさん、お願いします」
……まじか。
こんな堅苦しい感じになるのかよ。準備よすぎじゃね?
「はい、では」
とりあえず落ち着くためにも、咳払いをひとつ。
「お集まりいただいた報道各社の皆さん。ジーフォース所属、武装貨物船ムラサメのキャプテン、レイ・アサイです」
軽く頭を下げる。……うん、まずは自己紹介だよな。
「このような場が用意されているとは思っておらず、正直、いきなりのことで少々困惑しておりますが……。とりあえず皆さんが最も関心を持っているであろう、救助の状況について、できる限りお話ししたいと思います」
まぶしい照明の下、目の前には美人レポーターが四人、きっちり並んでいた。その背後には、多くのカメラと、映像をリアルタイムでチェックするスタッフ。コロニー内のネット配信で活動する、フリーの記者なんかもいるようだ。
みんなニンジン、みんなニンジン……気にしない、気にしない。
「当船は、木星軌道上のコロニー“ジュピトルⅢ”を出発し、メインベルトを目指すべく、辺境のコロニー“カリストⅨ”へ向けて航行していました」
「メインベルトへは、どのようなご用件で?」
……反射的にしゃべる奴は、だいたいロクな奴じゃない。前世の記者会見でも、そういうのは決まって空気読めない奴だった。無視だ、無視。
「順調にガニメデの公転軌道を通過して、十分ほど経過した時だったと思います。非常に微弱な救助信号をキャッチしました」
そこから、事実を淡々と並べていく。
発信源は宇宙船ではなくは作業ポッドという船外作業に使われる簡易的なものであったこと。ポッドの通信設備が貧弱で、双方向の通信ができなかったこと。そのため一方的に通信を送り、すぐさま救助に向かったこと。
作業ポッドの漂流時間はおよそ七〜八時間。救助時のポッドに損傷はなく、パイロットのサーシャは元気であったこと。救助後はポッドの速度と時間から襲撃位置を割り出し、向かった先でサルベージ船コムナーの残骸とSMDRを発見、回収に成功。
……と、ひと通り説明を終えた。
「では、最後に質疑応答の時間とさせていただきます。ただ、キャプテン・レイも危険宙域での航行を終えたばかりですので、皆さん一問ずつでお願いします。それでは、どうぞ」
「はい!」
「どうぞ」
「木星中央ニュースです。ネメシスについて、軍が発表している以外の情報はありますか?」
「いいえ。幸いなことに、我々はネメシスとは遭遇しておりません。また、救助されたサーシャ氏は襲撃当時、作業ポッドで船外作業中でした。結果的に、それが彼女の命を救った形になります」
「何も見えなかったのでしょうか?」
「ええ。そもそも、戦闘に使われる砲の射程はEU単位です。一EUはおよそ六四〇〇キロメートル。肉眼で目視できる距離ではありませんし、作業ポッドには量子レーダーも、他の索敵装置も搭載されていません」
「つまり――?」
「救助当時の聞き取りでは、彼女自身も『自分たちが何に襲われたのか分からなかった』と答えています」
「なるほど。ありがとうございました」
「はい!」
「では、どうぞ」
このようにして、各社から一問ずつ。そしてフリーのジャーナリストの質問も受け付け、十回ほど答えたところで会見は終了となった。
「レイ君、上出来だ。君は意外と……スポークスマンの才能があるかもしれないね」
背中を軽く二度叩きながら笑うのは、マクシミリアン中佐だ。
「ええ、予想以上の出来でした」
横で頷くロゼリー少尉の声も、どこか誇らしげだった。
「勘弁してくださいよ。こういうの、ほんと苦手なんですから。もう嫌で嫌で……会議室に入る前に逃げようかと思いましたよ」
「ははは、そう言うな。これからも我々情報部がしっかりとバックアップする。大船に乗ったつもりでいてくれたまえ」
「その“バックアップ”が今回の会見なら……もう結構です」
思いきり肩を落としながら、嫌そうな顔で中佐を見やる。するとその隣で――
「大丈夫です、私がいますから!」
なぜか得意げに鼻をふんすと鳴らし、両こぶしをグッと握って、力強い視線を向けてくるロゼリー少尉の姿があった。
***
「お嬢! おかえりなさいやし!」
工場長のグリムが目の前で深々と頭を下げている。還暦を過ぎたベテランで、いつもは笑顔を絶やさない実の祖父のような男
――その彼が、今は珍しく真剣な顔をしていた。
社員食堂の料理長……ハンナ叔母さんをはじめ、厨房の皆、医務室の看護婦たち。そして何より、工場の仲間たちが私を報道陣の喧騒から守るように引き離してくれた。
おかげで今は、グリムと落ち着いて言葉を交わせている。
レイ、あとは任せた。いいようにやっといて、あんたは出来る子だから。
「ええ。ただいま、グリム」
この人は、父のもとで懸命に働いてくれていた。そして、父には言えないような仕事の相談も、この人には全部話すことが出来た。
だからだろうか。昔から何かと気にかけてくれていて、今も変わらず、陰になり日向になり支えてくれる。そんな、筋の通った義理堅い人だ。
会社のこと、仕事のこと、そして……それ以外のことも。どんな話でも打ち明けられたのは、この人だけだった。子どものころからずっと――私にとって、信頼できる「おじいちゃん」だ。
「社長やボリスは……」
「ええ。ダメだったわ。残念だけど」
「……そうですかい」
グリムは目を伏せ、グッと拳を握りしめた。鼻をすする音が広いドックに響き、ポタリ、ポタリと涙が二滴、床に落ちる。
袖で目元を乱暴にぬぐい、しばらく黙ったあと、顔を上げた。
「……しかし、あの船。すげぇ船じゃないですかい。しかも、船長はすんげえ男前で」
次の瞬間、目には力がこもり、いつもの調子を取り戻していた。
事故は事故。気持ちを切り替え、会社を背負う工場長――いや、役員としての顔になっていた。そう、グリムはこの会社の古株であり、重役のひとりなのだ。
「ええ、そうね」
そりゃ驚くわよね、あんな船。あれを一隻買うお金があれば、うちのボロサルベージ船なんて十隻――いや、百隻だって買えるかもしれない。まさかそんな船に“子供みたいな甘ちゃん”が乗ってるなんて思いもしなかったし……その甘ちゃんに助けられるなんて、なおさら。
ほんと、運命って分らないものね。
「お嬢の新しい彼氏さんですかい?」
「ええ……そんなとこ」
言葉を濁しながら、無意識に髪をかき上げる。自分でも分かるほど、顔が熱くなっていた。
「とりあえず、中に入って一息つきやしょう。皆には『会社の今後について話す』って伝えてありますんで」
「そう……そうよね。船が無くなって、社長もいなくなって。きっと、みんな不安で仕方ないはずだわ」
「ええ、そういうこってす。だから――お嬢、早くあいつらを安心させてやってくだせぇ」
「……ええ、わかったわ」
そうして二人で向かったのは、父の執務室――社長室だった。扉を抜けると、室内にはいつも通りの静けさが広がっている。応接のソファに向かい合って腰を下ろすと、ハンナが茶とお茶菓子をテーブルに並べた。
湯気の立つ湯呑みに口をつけ、一口含んでゆっくりと息をついてから、グリムが口を開いた。
「百戦百勝、お嬢の流し目で落ちなかった男はいやせんからね。さすがとしか言いようがありませんぜ。見事なもんだ」
いつもなら「まあね」なんて強がって見せるところなのに……。なんだか今回は調子が狂う。
「ちっ……」
舌打ちを一つ。そんな言い方をされると妙に――イラッとくる。
「ほら、可愛い顔しとかないと。そんなおっかない顔を見られたら、逃げられちまいますゼ?」
悪気がないのは分かってる。けれどこの男の言葉は真っすぐで、とにかく口が悪い。
「もうバレてるよ」
「は? お嬢の……」
グリムが目を丸くして、信じられないという顔でこちらを見つめてくる。
「ああ、あたしの本性も魂胆も、バッチリ全部バレてる」
「それで、あの男は……なんて?」
身を乗り出すようにして、声をひそめる。
「――全部バレた上で、交際を申し込まれた」
「お嬢の性分を知ったうえでですかい?」
「……くどい!」
がはははははっ!
グリムは腹を抱えて笑い出した、あまりの声の大きさに離れた場所に立つハンナがぎょっとした顔をする。
「そんなに笑うことないでしょ……」
思わずむくれて、口をすぼめる。
「いやいや。あの若者、なかなかの勇者ですな! ついにお嬢も年貢の納め時ってわけですかい」
グリムはソファの背もたれにどっかりともたれかかって足を組み、まるでからかうように目だけを細めてサーシャを見た。
「ば、ばかやろう……あんな世間知らずの軟弱野郎、あたしの魅力で骨抜きにして、しっかり尻に敷いてコキ使ってやるさ!」
慌てて言い返したけど、頬のあたりが熱くなるのを感じて視線を逸らす。
「はいはい。意地っ張りも結構ですが……言葉と裏腹に、目がすっかり“女”になってやすぜ」
「なっ……! そんなわけあるかっ!」
慌てて睨み返すが、グリムはますます笑みを深くする。
「いやいや、ついにお嬢にも春がきやしたか。これであっしも、この世に思い残すことはございやせん」
「……うるせぇ、ばかやろう」
わずかな間に、目まぐるしくいろんなことが起こった。けれど――最後にこうして笑える自分がいる。変わらず真っ直ぐに、まるで家族のようにバカを言い合えるグリムという男も居る。
彼の存在を、こんなにありがたいと感じたことはなかった。
そして、それは全部――レイと出会い、彼とムラサメ、ハルの存在があってこそ。
彼がいなければ、私はたぶん死んでいた。たとえ助かっていたとしても、きっとロクな事になっていない。……今頃は何人もの男たちの玩具にされて、最後はどこかの場末で……娼婦として細々と暮らすか奴隷落ち。死んだほうがマシだと思えるような、絶望が待っていたはずだ。
すごい船に乗ってるくせに、中身はお人好しの世間知らず。なんとも掴みどころのない不思議な男。でも……全部、あの人のおかげ。
一〇〇万回生まれ変わっても、きっともう二度とは出会えない――奇跡みたいな出会い。だからこれは運命。だから私は、彼を信じる。
だから、いいよね。
今度こそ、自分の幸せを夢見ても……。ね、レイ。
――――――――――――――――――
【★あとがき★】
リアルっぽいSF宇宙戦記を書こうと思ったのだけど
どんどん恋愛色が強まってしまいます、なぜでしょう
ここまで読んで「面白そう!」「期待できる!」
そう思っていただけましたら
ひとつでも構いません
評価をいただけたら嬉しいです。
皆さまからの応援が
なによりものモチベーションとなります
なにとぞ、よろしくお願いいたします
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