第13話 待伏せの一匹狼
武装貨物船ムラサメは戦闘準備を整え、臨戦態勢のまま静かに進んでいた。
敵はネメシス。
人類がかつて生み出した自立AIが自我を持ち、知性を獲得して進化した存在。それらは“敵性自己知性体(ネメシス)”と名付けられ、人類共通の敵となっていた。
そのネメシスが軍の警戒網をすり抜けて、安全とされる木星衛星軌道の内側、内宙域にまで浸透。複数の民間船が襲撃され、多くの犠牲者を出した。その犠牲となった船の一つが、宇宙ゴミを回収してリサイクルするサルベージャー(廃品回収業者)クラフトン商会のサルベージ船、コムナーだ。
唯一の生存者であるサーシャを伴い、今まさに襲撃地点へと足を踏み入れようとしていた。
「周辺宙域に、宇宙船の残骸と思われるデブリを複数確認。OSE一番から四番、射出します」
通常の照明が落とされ、ブリッジ内は柔らかな青の警告灯に包まれていた。そこへ運用支援AI、ハルの落ち着いた声が心地よく流れる。
OSE(軌道索敵無人機)は、直径二メートルほどの球形ドローンだ。カメラ、熱源、磁気、振動、音波、光学――あらゆる索敵センサーを内蔵し、周辺宙域を立体的にスキャンして情報を収集する。爆発の影響で広範囲に散らばった船体の破片を、より詳細に識別するために射出された。
淡く煌めきながら発進するOSEたち。
ミリタリー色の強いSFアニメに出てきそうな装備品の数々。思いっきり中二……いや、男心がくすぐられる。
「サーシャ、SMDRの識別コードをご存じないですか」
SMDR――Spacecraft Mission Data Recorder。宇宙船の航行記録、任務状況、センサーデータや通信ログなど、艦の全活動を記録する装置だ。
この装置は極めて高い秘匿性を持つ。軍や企業の宇宙船が蓄積した航行記録や任務情報が、敵対勢力や競合他社に渡れば重大な戦略的損失となりかねない。
そのため、SMDRは自発的に信号を発信することはない。あらかじめ登録され、暗号化された識別コードを受信したときのみ、トランスポンダ(応答装置)を通じて、きわめて指向性の高い短距離信号を返す仕組みになっている。
この応答信号は周囲に拡散することなく、特定の方向にのみ発射される。無駄な痕跡を残さないことで、他の船やセンサーに探知されるリスクを極限まで抑えているのだ。
さらに、応答が行われるのは、識別コードの発信者が一定距離内に侵入した場合に限られる。コードを受信した方向へ量子レーダーによる測距波を照射し、目標との距離を正確に計測したうえで初めて信号が返される。
SMDRは正当な回収者にのみ応答する。そういう装置だ。
「はい。SMDRの回収プロトコルはたしか……ハルさん、生体チップ用のデバイスはありますか」
前世では、何をするにもスマホだった。しかしこの時代、このようなデータのやり取りも体内の生体チップや有機デバイスが用いられている。
「ええ。座席右手のアームレストにあります。あと、“さん”は必要ありません。ハルとお呼びください」
「わかったわ、ハル」
サーシャは静かに右掌を、アームレストのわずかに広くなった部分に押し当てた。
「識別情報を送ったわ。確認できたかしら?」
「サルベージ船コムナーのSMDR識別コード、確かに受けとりました。これより周辺中域に向けて短距離波で発信します」
ブリッジ中央上部の巨大なメインモニターに、次々と宇宙船の残骸が映し出されていく。射出されたOSEから送られてきた映像だ。漂うデブリの間を滑るように飛ぶ機体の視点が、次の瞬間、ある物体を捉えた。
赤い塗料の装甲板。
それを見た瞬間、サーシャの目が見開かれた。
「どうだ、サーシャ。……コムナーのものに間違いなさそうか」
無数の残骸が、断片的にモニターへと映し出されていく。そのひとつひとつに、彼女は言葉もなく見入っていた。
「……ええ。間違いないわ」
そう答えたサーシャは、両手で頬を押さえるようにして、声にならない嗚咽を漏らした。指の隙間から、かすかに震える吐息がこぼれ落ちる。
「辛いと思うが……どうする? デブリとして回収するか?」
サーシャはTシャツの裾で目元をそっとぬぐい、それから静かに振り返った。青い警告灯に照らされたその横顔は影に包まれていたが、――その目にはきっと、涙が溢れていたのだろう。
「もちろん。サルベージャーですもの」
無理に口元を引き上げ、サーシャは笑った。自身を鼓舞するような言葉と強がりの笑み。
「返信確認。キャプテン。コムナーのSMDR、現在位置を確認しました。ターゲットをマークします」
その報告にあわせ、ムラサメの光学センサーカメラがとらえた映像が、メインモニター下部に展開したホロパネルに映し出される。
その瞬間、サーシャは反射的に立ち上がり、モニターの元へ駆け出した。
「サーシャ、本艦は戦闘態勢をとっていますす。シートから離れるのは感心しません」
モニターには、半壊した艦橋の一部……強い力で引きちぎられたようなコムナーのブリッジが、無惨な姿で映し出されていた。サーシャは息を呑み、まるで吸い込まれるようにその残骸を見つめていた。
「……ご、ごめんなさい」
我に返ったサーシャは肩を落とし、静かに自席、総舵手のシートへと戻っていった。
「ハル……」
サーシャを庇おうと反射的に天井を見上げ、声をかけようとしたそのとき……
「いけません、キャプテン」
言葉を挟む隙もなく、ハルの声が割って入る。
「宇宙船では、小さな緩みが大きな事故を生みます。ルールは厳格に守ってこそルール。安易に例外を認めてはなりません」
確かにそうだ、それが正論。また情にながされてしまった、この甘さがいつか大切な誰かを傷つけるかもしれない。前世のぬるま湯生活が、まだまだ抜けていないな……反省しなければ。
「……そうか。そうだな。すまない、ハル」
「いえ、キャプテン」
AIの声は一瞬だけ間を置き、それから柔らかい口調で続けた。
「そしてサーシャ。気持ちはお察しします」
AIらしからぬ感情の表現、ひょっとしてハルには感情があるのか? ときおりそう思う瞬間がある。いや、この時代のAIに感情があっても不思議じゃないのかもしれないが……こんどサーシャに聞いてみよう。
「それでハル。目標までの距離は」
「はい。本艦から一〇時方向、上下角三〇。距離四八キロメートルです」
俯瞰モニター内に目標がマークされ、赤い円が静かに浮かび上がった。
「よし、すぐに向かおう。両舷前進最微速、取舵六〇」
「両舷前進最微速、取舵六〇。目標至近、ナビゲートします」
操舵用の主観モニターにナビゲーションラインが描かれていく。濃い青の航跡ガイドが、左にカーブしながら三十度の角度で上に向かう。
「減速と停止のタイミングはハルに任せる」
「了解いたしました」
ほどなく、OSEの一機が現地に到達。ムラサメから視認できていた装甲面ではなく、裏側へと回り込んでいく。
映し出されたのは、破壊されたブリッジの無残な姿だった。装甲は完全に引きちぎられ、内部構造がむき出しのまま漂っている。しかも何かで焼かれたように黒ずみ、もはや元の形をとどめていなかった。
サーシャは、何も言わずにその映像を見つめ続けていた。
その時だった。索敵モニターに赤い文字が浮かび上がり、ブリッジ内に警戒アラートが鳴り響いた。
「ネメシスです! 距離至近!急速接近中。副砲、CIWS、撃ちかた始め!」
「どこからだ!」
「不明。おそらく動力を完全停止し、デブリに紛れて潜んでいたのでしょう。内宙域で船を破壊すれば、救助やSMDR回収のために別の船が来る……そう学習していた可能性があります」
すべての動力を止める――それは、わずかな電気や熱すらも漏らせない、そのために生命維持装置すら動かせない。人間の艦では到底まねできない行為。まさに、ネメシスならではの待ち伏せだ。
「敵艦発砲。命中二。シールド損耗率三パーセント。復旧まで二秒」
「続けて被弾。命中二。損耗率五パーセント。復旧まで四秒」
副砲から放たれるレーザー光。続くCIWSのパルス射撃が、敵を追い続ける。だがネメシスは、ひらりひらりと不規則な軌道で照準を撹乱していた。
「右舷クラスターランチャー斉射! 衝撃に備えてください」
次の瞬間、右舷の視界が、目を焼くような閃光で真っ白に染まった。
連続して起こる爆発。凄まじい爆風、そして衝撃波。艦体が激しく傾き、左へと大きく押し流される。十二連装ランチャーから放たれたクラスター弾は、一発につき三個の弾頭を内蔵しており、計三十六発が空中で一斉に散布されて起爆した。それぞれが小型核弾頭に匹敵する威力を持ち、一発あたりの爆発エネルギーは広島型原爆の三分の一に相当する。それが三十六個、一斉に爆発した。
圧倒的な熱量と衝撃波が空間そのものを歪め、広範囲を火炎と圧力の渦が包みこむ。狙って撃つ兵器ではない。爆発の熱と衝撃波で面を制圧する兵器だ。
「クラスター弾の影響で、シールド出力低下。損耗率五八パーセント。復旧まで四六秒」
「速い……主砲じゃ間に合わん」
「解析完了。諸元入力済み。……次は当たります」
光学カメラが、敵艦の全体像を捉える。左右に張り出した“翼”のような外殻をもつ、頭部が少し前へ突き出したエイのような形の小型艦。現時点で確認できる兵装は、二門のレーザー。いずれも巡洋艦用の速射砲と同等。ムラサメの副砲とほぼ同じ威力を持つと思われる。
それにしても、超低速航行中を至近距離から狙われたのが痛い。このサイズの艦では、いまから加速してもとても間に合わない。まともな回避すら不可能だ。この状況では高い防御力を盾に、足を止めて火力をぶつけるしかない。
敵のサイズはガンボート級。だが、主砲が強力だ。いまはこちらが嬲られている格好だが、持久戦になれば自力の差で必ず押し切れる。
「副砲命中! 敵の速度落ちます。どうしましょう、鹵獲しますか?」
そうだ、あれをバラしたら金になるんじゃないか?
「サーシャ。あのネメシス、部品取りしたら売れそうか?」
モニターに食い入るように見入っていたサーシャが、一瞬ぽかんとした顔でこちらを見た。
「武装は巡洋艦クラスの速射砲ね。大型の武装商船から小型船まで、多くの需要がある砲よ。型式にもよるけど……射撃制御と装填システム。セットで全部剥ぎ取れば、かなり高値がつくわ」
言い終えると、獲物を値踏みするような商人の顔になり、ふわりと笑った。ああ、あの美しいサーシャの顔が戻った。
「よし。ハル、足を潰して動きを止める。息の根を止めてから回収、サーシャの工場への土産にしよう」
「了解しました」
こうして不意打ちに失敗したネメシスは速度を奪われ、抗う術を失った。正面からの撃ち合いで小型艇が巡洋戦艦に適うはずもなく、致命傷だけは避けながら、小口径のパルスレーザーで執拗に撃たれ続ける。そのたびに装甲が裂け、火花が散り、船体が震えた。まるで嬲るように、じわじわと削られていく。
数分後――。
ネメシスは断末魔のように大きく旋回し、そのまますべての動力が停止。沈黙した。
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