第12話 NEMESIS(ネメシス)
「キャプテン、随分と余裕ですね」
ブリッジに戻った途端、ハルの皮肉が飛んできた。サーシャとの一戦……いや、三戦もやっちまった。さすがにちょっと、気まずい。
「初めて受けた仕事の依頼だ。そのパートナーと互いの信頼関係を深めるには、それなりの“コミュニケーション”が必要なんだよ」
言い訳がましく口にすると、
「へー、そうですか」
普段は聞く者の耳を和ませる、あの柔らかい抑揚はどこへやら。ハルの返事は、棒読みというより、ただのデータ音声みたいだった。
嫌な汗が額を伝い、誤魔化すように前髪をかき上げる。
こいつ、本当にAIか? それともどっかで感情チップでも拾ってきたのか?
仕方なくキャプテンシートに身を沈める。視界に並ぶモニターが、艦内の状況を映し出す。サーシャは……また風呂に向かったようだ。
「ところでキャプテン、サーシャ達を襲った相手ですが」
声の調子が変わった。いつものハルらしい柔らかい声だ。どうやら、重要な話らしい。
「ああ。何か分かったのか?」
「はい。どうやら、ネメシスの仕業のようです。軍の交信を傍受したところ、付近の宙域でネメシスの群体が出現し、複数の被害報告が上がっていました」
「ネメシスか……そういや、座学で聞いたな」
NEMESIS(敵性自己知性体)
百年続いた戦争の中で、人類は大量の自律型無人兵器を戦場に投入した。それらの兵器に搭載された自立AIが独自に進化し、自我と知性を持った結果、やがて機械生命体へと変貌した――
現在確認されているネメシスは、そのほとんどが人類に敵対的だ。だが一部に例外も存在する。ごく一部、人類と“共存”の道を選んだ個体、ALLY(共存型自立生命体)通称アリーだ。
両者は外見では区別ができず、センサーでも分類は不可能。現場では“見敵必殺”が徹底されている。
そのためアリーは人類との接触を避け、遠巻きに観察する傾向がある。だが中には人間社会に溶け込み、共に生活している者もいるという。その場合、多くは軍の監視下に置かれ、協力者として何かしらの任務に従事しているらしい。
「被害ってどのくらい?」
「確認できただけで商社の貨物船が二隻、個人所有の自家用宇宙船が四隻襲撃されたとのことです」
ほう。思ったより洒落にならない被害だな。
木星の主要衛星の公転軌道内――いわゆる“内宙域”の警備は厳重だ。そのため、内宙船はほとんどの宇宙船が非武装で、護衛もつけずに航行している。
「ネメシスの群体は昨日の午前中、ガニメデ管区のパトロール艦隊が補足して攻撃。大部分は掃討されたようです」
「なるほど」
それにしてもハル、お前――
軍の交信を傍受して、しかも解読まで? どんだけ優秀なんだよ。いや、もしかしてこの船、軍用艦だから暗号装置でも積んでるのか?
「ハル、この船には軍の暗号装置が搭載されてるのか?」
「はい。四七式乙種暗号秘匿装置を搭載しております。これは、宇宙軍の指揮管理通信や艦隊運用に用いられるものです」
「なるほど」
「さすがに軍の暗号は……いくら私が優秀でも、AI単体で解読できるほど柔な代物ではありません」
「そりゃそうだわな」
こいつ、いまサラっと自分が優秀だと言いやがった。まあ、実際その通りだから否定もできないんだが……。
そんなやり取りをしていると、不意に通信スクリーンに立体映像が浮かび上がった。ESF――協商連合宇宙軍のロゴ。続いて「緊急通報」の文字が赤く点滅しながら表示されると、即座に内容がメッセージウィンドウに展開されていく。
『緊急! ネメシス警報:ガニメデ・カリスト公転軌道間のG83宙域にネメシス襲来。数は一体乃至二体。当該宙域及びその周辺を航行する各船は注意されたし。現在、消息不明となっている船は以下の通り。目撃情報は最寄りの宙域管理局まで』
モニターに表示された船の一覧には、二隻の宇宙船情報が並んでいた。そのうちの一つに、目が釘付けになる。
「クラフトン商会所属、サルベージ船、コムナー。ハル、これって……」
「はい。サーシャのお父様が乗っていた船で間違いないでしょう」
心臓がひとつ、大きく脈打つ。
「風呂場のサーシャに伝えてくれ」
「了解しました」
先ほどまでの軽いやり取りから一転。アドレナリンによって、弛緩していた脳が一気に覚醒する。
「サーシャが襲われた場所へ向かう。特定できるか?」
「はい。作業ポッドの記録から遭難信号が発信された時刻を基点に、速度と方位を逆算した結果……」
球体の俯瞰モニターの表示範囲が広がり、空間に立体の航路図が描かれる。その中に、赤く点滅するマーカーが浮かび上がった。
「このあたりだと推測されます」
その位置は、主要な航路から大きく外れた中間宙域。軍の監視も若干手薄になるエリアだ。
「襲撃されてから七時間も漂流してたのか。どうして、もっと早く警報を出せなかったんだ」
「軍の面子を守るため、ネメシスの取り逃がしを公表しなかったのでしょう。密かに捜索し、見つけ次第“処理”すれば、討ち漏らした事実を隠せますから」
「……でも、その結果、被害が拡大した」
「ええ。複数の船が襲われたことで、慌てて警報を出したというわけです。この対応は悪手であった……という批判は免れないでしょう」
組織の体面を優先して、現場を危険にさらす。よくある話だ。だが、身内が巻き込まれていたとしたら――そんな言い訳で納得できるわけがない。
「そんなことの為に……。巻き込まれた当事者はたまらんよなぁ」
呟きながら、俺は目の前のモニターを睨みつけた。
しばらくすると、サーシャが息を切らしてブリッジに駆け込んできた。視線が合うなり、ふいっと顔を逸らして赤くなる。
……すごいな。美人が照れるってこうも破壊力あるのか。思わず抱きしめたくなる。
けど、今はそれどころじゃない。
「サーシャ。お父さんたちを襲った相手がわかった」
彼女はハッと顔を上げ、驚きに見開いた目がまっすぐこっちを見る。
……そのTシャツ、ぴっちぴちじゃないか。しかもノーブラかよ。
「うそ……誰がそんなことを!?」
「ネメシスだ」
「ネメシス? ここは内宙域よ? なんでそんなのが……」
「確かに内宙域での被害は少ないですが、ゼロじゃありませんよ」
横から割って入ってきたのは、冷静沈着な我らがAI、ハルだ。
「知ってるわよ。でも実際に被害が出るなんて数年に一度、しかももっと外宙域寄りでしょ? どうして……」
「不運だったとしか言いようがありません。ただ、今は原因究明より、次の行動が優先です。消息不明船のリストに、コムナーというサルベージ船がありました。お父様の乗艦で間違いありませんね?」
「……ええ、そう。父の、ううん、我が社の船よ」
唇を強く結んで、彼女はうなずいた。
「現在、宙域管理局が情報提供を呼びかけています。ですのでサーシャが襲われた地点へ戻って、状況の調査とSMDR(宇宙船任務記録装置)の回収を試みようと思います」
サーシャは、ブリッジ中央上方に浮かぶ俯瞰モニターに目を向けた。そこに示された地点を、静かに見つめる。
「……ええ。お願い」
彼女の声はわずかに震えていたが、その目はしっかりと力強く、窓の外に広がる宇宙を見つめていた。
「わかった。ハル、すぐに向かうぞ。サーシャは部屋で休んでいてくれ。急に呼び出して悪かったな」
「ううん……ここにいさせて。私、一応だけど一級の操艦免許を持ってるの」
サルベージ船を操縦するために取ったのだろう。けど、コムナーは一二〇メートルの船――今いるこの船は、その四倍だ。
「サーシャ、五〇〇メートル級を操艦したことは無いでしょう。しかもこの船は普通じゃありません」
と、ハルが淡々と告げる。
「まあ、そうだけど。もちろん操縦させてとは言わないわよ。こんな……高そうな船」
それを聞いて、思わず吹き出した。高そうときたか。そりゃ、軽しか運転したことない奴が、いきなりハイクラスのベンツを運転しろといわれたらビビるよな。
「いいじゃないか、ハル。操舵席のコンソールをオフにして、座らせてやってくれ」
「了解しました。キャプテンの命令に従います。サーシャ様、どうぞ」
「いや、命令ってわけじゃ……。なあハル、俺なんか気に障ること言ったか?」
「いえ、別に」
素っ気ない返事。ダメだこりゃ。俺は肩をすくめて天井を見上げた。
「キャプテン、進路変更。方位二二三に設定してください。フライトプラン、航法システムへの入力完了」
「了解。両舷前進、三航速。取舵四二、目標地点へ向けて発進。念のため、戦闘準備だ」
「戦闘準備、了解しました。ARES戦闘指揮システム、待機モード解除。各システム、即時起動。全兵装……オンラインです」
青いラインがコンソールを走ると同時に艦がわずかに震え、静かに加速を始めた。
前方の巨大なメインモニターには、航行データ、宙域レーダー、兵装ステータスなど、いくつものウィンドウが表示される。
その異様な光景を、サーシャは口を半開きにして見上げ、ぽつりと呟いた。
「なによこれ……この船、商船よね?」
「正確には武装貨物船です」
すかさずハルが応じた。その声はいつもの柔かい物言いではあったが、どこか誇らしげだった。
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