鬼面町の都市伝説を解明せよ!

mokumoku

プロローグ

「ユキ先輩、鬼の首見に行きません?」





「は?」




雨がしとしと降る中、教室で後輩のアイナが私にそう言った。


ユキが「は」の口のまま顔を歪ませていると、彼女はスマホをいじりながら「知らないんですか?SNSで有名なんですよ!鬼の首!」と鼻息を荒くしている。

「なにこれ……バカじゃないの?」

ユキは渡されたスマホをスクロールしながらざっと記事を流し読みする。


ユキたちが住んでいるこの「鬼面町」には地下に鬼の首が眠っていて、町全体を支えている……というような内容だった。


「バカじゃありませんよー!ほら、この前振動警報があったじゃないですか!あれはね?鬼が怒っていたからなんですぅ!」アイナはユキからスマホを奪い取ると頬を膨らませた。

デコられた爪が当たってユキは顔を顰める。


「痛いなぁ……」

「あ、ごめん先輩。あ、コレ!昨日変えたんですよ?かわいい?」アイナは口先だけ謝罪すると手を広げて爪を自慢する。

キラキラとしたデコパーツがたくさん付いた爪はかわいいけれど、扱いにくそうだ。

ユキは「ふん。かわいい」と鼻を鳴らす。


「それでぇ……か弱い女子二人じゃ危ないじゃないですかぁ?そう思いません?」アイナはクネクネと身体を捩りながらユキを見る。

アイナの大きくて可愛らしい目がパチパチと瞬かされると、ユキは脱力したような心地になるのだ。

なんでも聞いてしまいそうな気分になる。

「もう……なんだよ?リク?」

ユキは幼なじみの名前を告げる。

アイナはユキの幼なじみのリクにお熱だ。


「……え~?そう言うわけじゃないですげどぉ。まあ、先輩がどうしてもって言うなら!」


アイナはニコニコ笑いながらそう言った。



「ユキ」



そこにちょうどよく声が掛かる。

ユキが振り返ると、教室のドアの枠に手をかけて格好つけているリクが立っていた。

得意げな様子が癇に触る。


「あー、ちょうどいいところに」

ユキがそう言うとリクはソワソワしながら彼女の座る隣に座る。

「なんだ、お前俺を捜してたのか?悪かったな、ちょっと部活に顔を出してたんだよ」

「私は捜してない。アイナがみんなで鬼の首?見に行こうってさ」

ユキは肩を抱こうとするリクの手を払い除けながらユキの方を見た。アイナは目をハートにしながら「わー♡リク先輩ー!」とクネクネしながら喜んでいる。



ユキはそれを見ながら……(あまり遅くなるとまずいんだよな……)と時計を見る。


「鬼の首?」

アイナはリクの言葉にスマホをいじりながら顔を寄せると「あー!リク先輩知らないんですか?コレですよぅ」と先ほどユキに見せた画面を見せている。


「へー」

リクはさして興味がなさそうにそう呟くと「ユキ行く?」とユキを見た。


「……まあ、18時頃までに帰れるんなら」

ユキは机に肘をつきながらそう言った。

今日はハルキが塾の日だし……多少は遅く帰ってもいいだろう、と思う。

「ユキが行きたいなら俺も行くよ。アイナちゃん場所わかんの?」

「わーい♡やったぁ!じゃあ、このマップを頼りに行きましょ♡」


しとしとと降る雨はアスファルトに染み込んで、その香りはなんだか夏の訪れを予感させた。



ユキ達が住むこの町は「オニヅラマチ」と呼ばれていて、かつては鬼の面が作られる伝統工芸の町だった。

鬼の面は昔魔除けとして効果があるとされていて、各家が軒先や玄関に飾っていたものだ。


各地から集まった腕自慢の職人たちが、ここでお互い切磋琢磨しながら全国に鬼の面を出荷していたのだが、時代の変化によって鬼の面は徐々に廃れていった。


ユキが子どもの頃には鬼の面を魔除けとする文化はなくなっていたが、祖父が「今の人たちは見えないことは存在しないことにしてしまう」と悲しそうに言っていたのを覚えている。

祖父の父が鬼の面職人で、小さな頃は部屋中に乾燥中の鬼の面が広げられていた。という話をしてくれたのをなんとなく思い出す。



「雨の日はなぁ……鬼の面が湿気で膨らむから、その前に塗料を塗らなきゃいけないんだよ」

祖父はカサカサとシワの寄った手で宙を描くように振ると懐かしそうにそう言った。

ユキは「へぇ……紙粘土みたいな?」と祖父に言う。

ジージーと外からは虫の音がする。

それは虫だと知らなければまるで機械の音のように感じたかもしれない。


「ははは、ユキは鬼の面に興味あるか?」


祖父がそう言ったのでユキは顔を上げる。

祖父の顔は夕焼けのせいで逆光になっていて、まるで表情が見えなかった。


「……鬼の面、もう売れないんでしょ?」

「そうだね、数も少なくなったしな」

祖父はユキの回答にそう返事をすると、途中だった足の爪切りを再開させる。

ユキはその、パチ……パチ……と定期的になる音を聞きながら膝を抱えた。「興味があるなら……まだ道具が蔵にあるぞ」祖父は抑揚のない声でそう言うと「まあ、あまり女がやるもんじゃあ……ないよな」と言った。


今考えるとさすが昔の男、という発言だったが……おじいちゃん子だったユキはあまり気にせず「そうなんだ。おじい、今度一緒に蔵行こうよ」とその背中に抱きついたので、祖父は深爪をしたと笑いながら「爪切ってる時に飛びつくな!」と言った。

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