1 ある日
「ねえ、今度のキャンプでさ、肝試ししようよ!」
幼なじみである少女の竹を割ったような性格の現れのごとき真っ直ぐな視線を浴びながら、脳内で相手の意図をおしはかる。
もう1つ、この自由観察について特筆すべき点がある。生徒の自律を重んじる我が校の教育方針に基づき、毎年このキャンプの自由観察の時間は教師による監視がほとんどない点だ。代わりに緊急連絡用の携帯電話を持たされるのだが、GPS機能で場所も把握されているはずだから、文明の利器を活用した効率的な安全対策と言えよう。
ただし、
この隙を衝いて歴代の生徒たちが代々繰り返してきたのが、「自由観察の時間に森をどこまで進めるか挑む」という肝試しである。つまり、「教師に挑戦しながら、闇夜の森の恐怖にも打ち勝つ」という、中二病患者にピッタリな度胸試しだ。
さて、この学校の風習から立ち返って、今。
何の変哲もないある日。1時間目の授業を終えた休み時間。
2年3組の教室中央。俺の席。
目の前でワクワクとした気持ちを表情一杯に表わしている心も顔も幼いガキは、
「集合時間までの間に、森へ踏み入ってみよう」と言っているのだ。
「バカってなによー!」
「なら、俺とじゃなくてみんなとやれよ。面倒くさい」
「えー!」
イスに座った少年が教室前方へ顔を背けると、少女は素早くそちらへ移動した。机に視線を逃がすが、すかさず仏頂面が顔と机の天板との間に割り込んでくる。
あまりに速い追尾性能にギョッとしたところで、ボブカットの童顔が今度はしたり顔に。
「ゲット、さては恐いんでしょ」
「は? 恐くねーし」
「面倒くさい」という却下を「恐い」と受け取るとは、どういう了見だろうか。論理の重要性と思い込みの愚かさについて、コロコロと表情を変えるこのバカたれに小一時間問い詰めてやろうか。ちなみに「ゲット」は俺の名前の
俺の受難はさて置き、生意気な上目遣いにはしっかり言い返してやる。「ヒマこそ、恐いからって一緒に来てほしいんだろ」
「はあ? 違うし!」
コイツはこの世で一番わかりやすい生き物ではないだろうか。
「みんなやるのを知っていながら、わざわざ俺を誘いに来たんだ。
これって、興味はあるけど、もしみんなに恐がりだと思われたら恥ずかしいから、昔なじみで、今更何を思われても気にならない俺を頼ったってことだろう?」
「はああ!? ちっが……こっわとか……バっカじゃないの!」女子は「っ」の直後のタイミングで両手で机を叩く。
計3回の風切り音と快音が確信させる。
コイツはこの世で一番わかりやすい生き物だ。
相変わらず低い位置からこちらをねめ上げる
幼なじみという間柄、何度も似たようなやり取りを繰り返してきた。今や、俺の半分はこの少女のお守りとして生きている気さえする。
俺とコイツの出会いはいつのことだったろうか? そうだ、小学1年生で同じクラスになった頃のことだ。五十音順の出席番号も座席も近くなく当初は話す機会は皆無だったが、苗字と名前の両方が夏の花であるという共通点があったために保護者会で親同士が意気投合し、お互い親から聞いた話を切っ掛けに認識するようになった。それから親に連れられるまま学校外で食事をしたりする内に仲良くなり、家族ぐるみで夏祭りにも行ったことがある。
クラスが別になっても関係は続いたが、歳を重ねるにつれ何故だか仲良しこよしを恥ずかしく感じるようになり、どうにも邪険にするようになってしまった。決して嫌いになってはいない。強気で一方的なスキンシップもコイツらしい一面だと好意を持って理解している。
ただ、顔を見て話しているとどうにも恥ずかしいのだ。他人に見られたくない、と感じるのだ。理由はわからない。わからないから、困っている。どうしたものかな。
おまけにコイツは年々「背伸び」することが増えていた。テレビ番組のモデルを真似て極端に短いスカートで登校したのは小学校高学年の頃のこと。「お母さんのお化粧道具を使ったら怒られた」だの「エステに行ってみたい」だのとほざいてもいた。中学生になると拍車がかかり、やれピアスだの整形だのと抜かしている。制服のスカートを巻いて短くし、ブラウスのボタンを上から3つも開けていたこともあった。
ふらちなことばかり。けしからん。断じて許さん。どのクラスにも不良ぶった生徒の1人や2人はいるが、そういう連中や下品なタレントに影響されて恥知らずな格好をするのはいかがなものかと思う。
鼻白む気持ちと共に
奴らは本人が思っているよりずっと単純で、俺たちの方がよっぽど複雑なんだからな。テレビや新聞でも「子供の観察力はすごい」とよく語られているではないか。俺は他のクラスメートより冷静で色々なことに気づける自信があるから、多分、大人も驚くほどの才能を持っているのだ。それをひけらかせば、きっと色々な面倒ごとに巻き込まれる。だから、今は大人しくしている。それだけ。俺がその気になれば、親やそこらの大人なんて簡単に出し抜けるのだ。
「と、に、か、く!」
まったく、机が可哀想だろう。俺は落書き1つしたことないほど大切にしているのに――ん?
「え?」
マズい。話を聞いていなかった。
今、コイツは何と言った?
「キャンプが楽しみね!」
はあ?
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