第3話 人の消える試着室 上
「ボスにもう一つくらい、手土産を持って行きたいんですよねえ……」
コップの氷を転がしながら、狭山がそんなことを言い出した。
「マキさん、『人が消える試着室』って、ご存知ですか?」
「……俺のガキの頃……いや、もっと前からある都市伝説だろ。
どっかの国の服屋で、試着室に入ると鏡が回転扉になってて、裏に連れてかれて……臓器売られるとか、いろいろ」
「手足をもがれて、買春に使われるとかですね」
「濁してたんだが?」
「認識は共有しないと、ですよ」
悪びれもせず、狭山は資料ファイルをテーブルに出す。
「それがですね。あるんです。ちょうどここに」
牧村が目をやると、ファイルの表紙には小洒落たロゴと店舗名。
そして添えられた地図の赤丸は、彼らが今まさにコーヒーを飲んでいるレストランから徒歩圏内だった。
人で賑わうアパレルショップは、楽しげな声に溢れている。
とてもじゃないが都市伝説など似合わない店構えだ。中に入っても、その印象は変わらない。
狭山は楽しそうに、長ズボンや派手な柄のシャツを手に取りながら歩く。
目的を誤魔化しているようにも、素で楽しんでいるようにも見えない。
舞台の上で踊っているように、長い手足を大げさに、しかし優雅に動かしながら店内を回っている。
――不自然な人間が自然に動くと、こうなるのかもしれない。
「マキさん、妙ではありませんかこのお店?」
試すように、いたずらっぽく笑いかけてくる。
「妙は妙だな。動線は複雑だし、棚が高くて見通しが悪い。マネキンもやたらに多い。
男女での区画分けも中途半端。そのくせ、便所は男女でフロアを分けてる。
……でもまあ、一番変なのは──これで繁盛してることだな」
「あら、手厳しい。でもそういうこと。ここは“迷路”として作られているんです」
「ただな」
牧村は棚の影からマネキンを一瞥し、続ける。
「このぐらいならただの設計ミスで済む。
それに、服屋が流行るために何が必要かなんて俺は知らん」
「確かに、知らなさそうですね」
「張り倒すぞ。お前が言えたことかよ。植物園みたいな服ばっか取って」
「私は似合うから良いんですよ。好きに選んで」
そう言って笑いながら、試着室を指差した。
「──試して、見せましょうか?」
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