第2話 夢を追う

 包帯と絆創膏を巻いたまま、狭山は上機嫌にオレンジジュースを飲み干した。

「あの……狭山さん」

「いやいやタメ口で構いませんよ、マキマキ」

「マキマキ?」

「失礼。マキさん」

「まだフランクですよ」

 牧村はファミリーレストランの長椅子に座らされていた。

「ドリンクバー、今からでも頼みます?」

 狭山が言うところの「事務所」に顔合わせをする前の事前説明だと。

「狭山さんの組織ってのは……普段からあんな怪物とやりあってるんです?何のために?」

 衝動のままに乗せられたが、全くの非現実な世界に身を投げているのではないかという感覚は確かにあった。腕に残る骨を断つ感覚も理性では否定したい。

「我々は政府黙認の治安維持団体、夕春会。

神秘的脅威を神秘的暴力を持って制する組織です。妖怪にモンスターとか陰陽師、魔法使いとかのための組織です。

神秘のためにある組織だと思ってください」

「神秘ってのはあの鬼やあなたが飛ばした糸とかですか?」

「ええ。そして、あなたの身体に取り込まれた妖刀、大紫も」

 狭山は配膳ロボットから料理を受け取りながらも滑らかに語る。全てが台本通りであるかのように

「マキさんと融合した大紫は大変強力な妖刀でしてね

まあ色々な連中に狙われてたんですよ。反政府団体やら国際犯罪組織やら。適合者を見つけて夕春会の戦力に迎え入れることは私の長年の課題でした。あなたが適合者となってくださりやっと一仕事終えたというわけです」

 声のトーンを落とさず、そのまま殺し文句を口にする。

「それでも私の夢はまだまだ道半ば。

そこでマキさん、あなたには私の刀となっていただきたいのです」

 その言いぶりは、プレゼンターではない。むしろ舞台に立つ役者のようだった。

「俺の力にどこまでの価値があるのか俺自身理解仕切れていない。それに正義のためとアンタためとじゃ話が違う。詳しく説明してくれ」

 期待を見透かしたように口角を上げる。

「マキさんの力がただ特別って訳では無いんですよ。ただ価値観の共有できる仲間が欲しかった。それってただ強い人を集めるよりよっぽど面倒なことでしょう?

 夕春会は一大組織です。お金、家、出世、今の生活、大事なものも派閥も様々、成り上がるには骨が折れますから」

「俺は狭山が成り上がった先にある正義が何かなんて微塵も聞いてない」

「でも、私が戦う姿を見て――正しいと信じてくれましたよね? だからここにいるんでしょう?」

 返す言葉はなかった。図星だった。

 このやりとりも、もはや確認にすぎない。

「では、言葉にさせていただきます。

私の正義とは――神秘による国民全体の守護。

夕春会を一丸とした、巨大な“監視と保護”のネットワークを作ることです」

 真っ直ぐに語るそのビジョンには、実現しようとする本物の野心が存在していた。

 正気のままに夢を語る彼女が脳を熱くさせる。

「……さて、冷めないうちに食べちゃいましょうか。これからやること山ほどありますから。カロリー摂らないと」

 狭山はそう言って、にこりと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る