第2話 このぉ、クレイジーサイコメガネっ!!

私は放課後うつろとカフェへやってきた。

シンプルなカプチーノ

うつろのはホイップを盛った抹茶オレ。


私たちがここにやってきたのは今後の方針を固めるため。

無鉄砲に、がむしゃらにやっても結果を得られないと分かったからだ。


「でさ、オーソドックスな自〇方法はあらかたやりつくしたんだけど…。」

「そう…。」

無味乾燥なあいづち。

じっと私の目を見つめている。

でもどこか楽しそうだ。


ほとんど壁打ちのような会話、私がうつろにいろんなことを言う、うつろは適当に返す。

会話になっていたかわからないけれど私はひとしきりの享楽に耽っていた。


店内は人の出入りが激しく騒がしさを見せていた。

くたびれたサラリーマンや勉学に励む学生、目的は長話のママさんが陣取り合戦のように席を埋め尽くす。

たちどころに消え、また新たな人が座る。


気づけば2時間経っていた。

あたりは暗くなる───


長居し過ぎたとギョッとした私は

「そろそろ出ようか。」

彼女に気を使った。


私の袖をぎゅっと握る。


「もうちょっとだけ」

つやっぽい表情を浮かべて笑みを見せる。

ただニヤニヤしているだけだ。


ただ一つの疑問が浮かんでいた。

会って半日、友達になりたての私にここまですがるのはなぜ?

謎を解明するには経験値が足りない。

だって今までボッチだったもん…!!


(これが…なのかな。)


その30分後、彼女は満足したのか観念したのか席を立つ。

彼女は何かが来ることを待っていた。それはわからなかったのだけれど。

なにかを反芻するかのように一瞬立ち止まり、そして足を進めた。


割高な料金を払い、店を後にする。


うつろは私より10センチほど背が高い。

だからだろうか。

彼女は夜が似合う。


帰り道で私たちは言葉を交わさなかった。

駅までの長い道のりをただ進むのみ。

街道を照らすのは月明りではなくそびえたつビルたちの電灯。

聞こえてくるのは雑多な騒音。


それでも初めての友達との食事。楽しかった、幸福を味わった。


別れ際に私は──

「ありがとう、うつろ。こんなに楽しい時間を過ごせたのは今日が初めてだったよ。」

恥じらいを捨てて、真っ直ぐに感謝を告げる。


私に両親はいない。いわゆる試験管ベイビーだ。無作為に決められた苗字と名前。すべてがランダムのカスタム。世間一般的にはなにも珍しいことじゃない。きっと新しい普通の形なのだと思う。


…それでも、ドラマの再放送で映るような…そんな古臭い普通の関係性にあこがれていた。


うつろは一瞬何かを思い立ち止まり、すぐに歩み寄る。

そして私の頬をつかみ、顔を上げさせる。


彼女は真剣な表情で

「違うわ。」


え?右からビンタが飛んできたような衝撃。

な、何が違うの…。


「こんなのは、現世にあるもの全てまやかしにすぎないわ。死こそ快楽の極地でしょ!!むしろちゃん騙されないで!!」


おお。

おお、こいつぅ。怒りが込み上げる。返せ…私の純情を、普通を夢見たピュアな私を…!!

「このぉ、クレイジーサイコメガネっ!!」


***

次の日、学校にて


いつも通りうつろの周りは男女問わず人で賑わっている。もはや台風の目だ。


一方、私の席は…ポツンと窓際。


フッ…

炎天下差し込む光源たる席。もはやよるもの全てを焼き尽くす席だ。

(…誰も寄らないのは地理的要因が主ではないのだが…)


たまにうつろは人の隙間から私に目配せする。

本当にやめてほしい。

だって数人が誰に目配せしたのか、一斉にこちらを見る。


(これは辱めだ…。目が、目が怖いよぉ。)


さらに何人かは私に話しかけようとしてくれた。

あらかた“うつろ”の知り合いとしてお近づきになりたい、

もしくはあざ笑いに来たのだろう。


「ご、ごめんなさい。」

若干の過呼吸になりながらその場を切り抜ける。


二限目、三限目、四限目。流れるように過ぎ去る時間。

先ほど断ったクラスメイトたちを申し訳なく思った。

(ちゃんと話を聞けばよかった。)


授業中は内省をずっと繰り返していた。

結局私に友人ができないのは自分のせいなのだ。


でも死ぬ時は一人だ、だったら交友関係はいらないよ。

でも普通じゃない、この困難を乗り越えて友達になるべきだ。


頭に浮かぶ二人の小さな私の声を無視して、寝始めた。

いや考えないことにした。

やがて昼休みになったのだ。


メッセが送られた。通知音を切っていなかったので初期設定の素朴な着信音が鳴り響く。

『お昼一緒に食べませんか?』


そしてご飯を共にすることに、場所は私たちの出会いの場所。


──屋上にて


お互いの弁当を見せ合う。


私のものは、サラダスティックと日の丸弁当。

ほとんど毎日同じものを食べている。

偏食を疑われるようだが、これが私の結論なのだ。完全栄養食なのだ。


うつろの弁当は異国情緒溢れるものだった。

彼女のスープジャーには夏野菜がゴロゴロ入ったカレーが入っていた。


オーストラリア産の牛肉に、アメリカ産のとうもろこし、隠し味はコロンビアのコーヒーだろうか、いい匂いがあたりを漂う。


うつろは声をあげて笑った。

どうやらえ私は気付かぬうちに涎を垂らしていたらしい。


「…いいよ、少し分けてあげる。はい、あーん」

彼女は私の目の前に魅惑のカレーを近づける。


抗えなかった。


「う、うまいぃ!!」

その芳醇なコク、ほのかな苦味、生きていてよかったと感じさえするものだ。



「今度はちゃんと食べてくれたのね♡」



…なんだか、目が回る。ぐるぐーる。

チカチカする、ぼやける全て、視界全部。


こ、呼吸がで。でき、ない。

浅い、深くできない。吸っても吸っても入らない。肺に、入らない。


耳もおかしいい、い。近くにいるのに、離れているかのような…。

うつろ、助け…


彼女はカメラを構えていた。

全く人が悪い、さすがクレイジーサイコメガネ。

その表情までは窺えなかったけれど、きっと趣味の悪い笑顔を見せていただろう。

全てが彼女の手のひらの上。


意識が落ち、る。


(ま、これで死ねるのなら本望だ。)




「…生き返っちゃったか。」


──知っている天井にロボットのナース。

それは蘇生完了と言葉を繰り返した。


はあ、私はまた死を逃したようだ。


毒死、失敗───




???「アイツ、また…」

出会って半日、二人から始まった関係にさらなるうねりが加わろうとしていた。

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