しがない世界であなたと 〜死にたい私と撮りたいアイツから始まる青春協奏曲!!〜

おべべのべえ

序章 出会い

第1話 浸ってんじゃないわよ。

私は屋上の鍵を開ける。

まだ5月の初旬、でも風は暖かさを帯びていた。

ジリっとした日差しの下、私は──


柵をよじ登り、足をかける。

成功するのだろうか…

私は息を飲み、4階ほどの高さを飛び降りる。


いや飛び降りようとしたのだ。


「ねぇ」

背後から声がした。


私の決意は揺るがない。

でも、ほんのちょっぴりなんて声を掛けてくれるのか興味があった。

振り向くと…


少女はカメラを構えていた。

「撮影OKかしら。」

たなびく黒髪に、煌めく眼鏡、そして光を反射するカメラのレンズ。


そこにあったのは静寂だった。

一向に顔を見せる気のない彼女の様子にたじろいでしまったのだ。

(思ってた反応と違うんだけど!?)


「え?ちょ…何して…」

私の声は狼狽して震えていた。


「最初に謝りたいんだけど、あなたのこれまでの経緯とか心境とかほんとどうでもいいの。」


「その瞬間を私に見せて。幕引きのベストショットを撮ってみせるから。」

彼女は淡々と告げた。


ひたすらに困惑。

そして若干の怒りを覚えた。


「な、なんなのあんた!?」


ため息を大きく吐き可憐な文学少女はカメラを下ろす。


「私は中腹なかはら うつろ、スナッフフィルム(殺人ビデオ)をこよなく愛するただの学生。あなたは同じクラスの…むしろちゃんだっけ?」


自己紹介がしたいわけじゃないんだけれど…

とりあえず名乗り返す。


「私は木上このうえ 夢白むしろ。…私は死にたいの、邪魔しないでもらえると助かるわ。」


まずい、つい心配されたときのシチュエーションで喋ってしまった!!

だって予想つくわけないじゃん!!

ずっとぼっちだったんだよ!?

アドリブなんてできるわけないしさー。

何話せばいいかなんてわからないよ~!


当然、うつろはキョトンとしている。

その手は早く死んでとでも言いたげだ。


そ、それに…

こんな人だなんて知らなかった。

うつろさんはクラスでも人気者。

男女ともに交友の広いマドンナ的存在。

誰にでも振りまくその笑顔はひまわりのよう。


故に私は───苦手だった。

これは私がこの学園に入りたてのころ…


「…浸ってんじゃないわよ。」

気づけば目の前にいたうつろ。

眉間にシワを寄せた彼女は柔道の要領で私の足をかけ、柵から降りかけていた私の体をこう、ぐいっと逆上がりの逆みたいなカンジで…


「おお。えっ?」

落としたのだ。

あっけなく、無情にも。


ドチャ…


「と、撮り忘れた。…どうしましょう。」

数分悩み、結局うつろは殺人現場を後にする。


リンゴーン

昼休みの終わりを告げる鐘が無常に鳴る。


頭から落ちた私は鮮血を吹き出し、意識が途切れかけていた。

体が痙攣けいれんを起こしビクついている。

いろんなところが折れている。

朦朧としながらも足が曲がっていたのがわかった。


ああ、だんだんと意識が遠のく。

ああ、これで今回こそは…。


【死ねる】


***


――白い天井。

消毒液の匂いが鼻を刺す。

先ほど干したらしい日の香りをまとうシーツが私を覆っていた。


ここは保健室。

ロボットのナースが氷嚢ひょうのうを取り換える。

ズキズキする頭には包帯がまかれていた。


それがさすことは【自〇の失敗】であった。


私の目覚めは最悪の気分だった。


「死ねなかった…。」

何度も何度も繰り返される言葉。

気づけば口から漏れていた言葉。


この事実が、拭いきれない現実が恐ろしい。

あーあ嫌になる。


14時28分、もう5限目のおわりごろ。

保健室の大きなテレビでは最近の目覚ましい発展をたたえるニュースが流れていた。


「──ええ、やはり形状記憶細胞の開発、やはりそれが“死”を克服するきっかけだったと…」


2125年、人類は不老不死を実質的に達成した。


私たちは永遠の肉体を手に入れて『死がない世界』の創造に成功した。

喜ばしいことのように思えるがそれは人間を生物たら占める要素を無くしたということに他ならない。

人類は化け物になってしまった。


そんなことをボーッと思っていたときだった。


勢いよく扉が開く。


「むしろちゃ…ん。」

うつろであった。


授業が終わり、すぐに駆け出してきたのだろう。

息を切らしていた。


女子の私でもはっきりととらえられるその美貌。

ダサいと評判の長い丈のスカートもよく似合っていた。


少し見入っていたらしい。

彼女は不思議そうに、そしてまるで宝石を鑑定するように私を見つめてきた。

(やっぱりこの人怖い…)


「あなたの自◯をもう一度ちゃんと撮らせてほしい。」

「ええっ!?」

告白というにはややバイオレンスでショッキング。


でも私の心はもう…弱っていた。


「…もう無理だよ。結局、飛び降りても死ねなかった。だったら自◯なんてする必要なんてない。もう何も考えて生きるしか…。」


私たちはいつからか化け物になった。

それぞれの細胞の形を機械で記憶させ、どんな傷もわずかな時間さえあれば元通りになる。

そんな世の中に反抗したかった。


でも、何度も失敗した。

死の存在証明なんてバカげていたんだ…。

神様から言い聞かせられる。

生きろって。


「それは違う、絶対に!!」

うつろが大きな声をあげた。

教室での可憐なイメージとは全く逆。


「あなたが生きるしかない選択肢しかないなんて!!今の世の中は間違ってる!」

うつろの高ぶりは止めをしらない。


ロボットが警告を鳴らす。

「センシティブ、センシティブ。人間は幸福を求めつつ永遠を生きるべきダ!!」

そう喚くそれをうつろは蹴り上げて黙らせた。


えぇ…。


そういってカメラ保存された動画を見させられる。スナッフビデオだ。


うつろは続ける。

「私はね。夢があるの。いつか、この映像を撮った監督のように本物の死に至るまでを何かの形に残したい。そう、本当に命を落とす瞬間っていうものを撮りたいの。」


私にはただのグロテスクな映像にしか見えない。

でもうつろはじぃっと温かいまなざしで見守っていた。

きっと心の底から死を撮りたいのだろう。


次に見せたのはクラスメイトと思しき人たちが凄惨な怪我を負う場面。


「で次に…。落ち着いて聞いてほしいんだけど、私はこれまでに10人以上殺したわ。」


「彼らじゃダメだった。死にてーって言ってたから殺したのに…。私の心に火を灯すまで至らなかった。」


えぇ…。


その凄惨な現場から彼らが予後どうなったのか、恐怖のあまりどうしても口に出せなかった。


「安心して、彼らはこのことを覚えてないわ。」

ほっと息をつけるはずない。


「だから、私はあなたが死ぬ瞬間を撮りたい。初めてだったの、この死なない世界で自◯を試みる人がいるだなんて。」


「生きる、だなんて言わないで。私はあなたが死ねるようにに努力するから。」


深々と頭を下げる。大胆なプロポーズ、狂気的で退廃的、ヤベェ奴からの執着、まさに新時代のヤンデレそう言い表すのが最も簡単だ。


一方でその必死さからは私が忘れていた【情熱】を思い出させた。


私は空虚な人生を送ってきた。

死に微かな希望を感じていた。

ここでないどこかへと連れて行ってくれる死が愛おしかった。


永遠に生きるしかない世界に絶望を感じ、誰とも関わらなかった。

死が孤独に成し遂げられると信じていた。

誰に頼らずとも、誰に知られずとも、誰に見られずとも。


けれど連日の失敗で個人の限界を知った。

私一人じゃ、そこへいけない。


一筋の光明が私を導く。

きっと神ではなく悪魔からの告示。


あのジャンプ、いや飛び降りがすべてを変えたのだ。

世界を変える死という勝利の未来には、仲間との友情とたゆみのない努力、そして注がれる【情熱】が必要なんだ!!


だから私は…


「…うん、もう生きるだなんて言わない。」


「だって私は死んで、世界の穴を、不完全なこの世を証明するんだから!!」


運命だと思った。

ちょっと人を殺すJKにはきっと死の道に導いてくれる。

…そう信じることにしたのだ。


それは悪魔のささやきであり、地獄への道のりなのかもしれない。


「一緒に夢叶えちゃお!!私は本当の死を得て、あなたは本当の死を撮ることができる。」

「もちろん。私は君に、むしろちゃんに全て捧げるよ…。」

その恍惚とした表情からは今までにない喜びの絶頂を感じたのだった。


そして付け加える。言伝の誓約書にサインする前のほんの念押し。

「でも、途中でやめるなんてナシ。…最後までカメラに収めてね。」

「ああ。君も死ぬのをやめる、だなんて言わないでくれ。これは約束だ。」


保健室で交わした禁断の取引。

死がない世界で死にたい私と撮りたいうつろ。


これが妙縁の始まり、そして私、木上夢白の死を描くまでの物語。

世の中に反抗したい一人の少女とそれを支える曲者たちの冒険の物語。

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