24輪.わたしをみつけて


 目の前に広がるのは一面の花畑。

 目を閉じたくなるような鮮やかさと、頭痛がするほどの甘い匂い。

 ここは、恵殿だ。

 イブキはつい数日前までここに居たはずなのに、随分と遠い記憶に感じていた。


「イブキ」


 懐かしい声に呼ばれて、イブキは歩き出す。

 少し歩くと花畑の中にぽっかり穴が空いていた。

 その中に花姫が身を屈めて寝転がっていた。

 2人の視線が通い合い、花姫は目を細めて笑った。

 イブキは初めて見る、花姫の大人びた雰囲気に釘付けになった。


「わたしをみつけて」

 

 『どういう事?』と言いたかったが、夢の中なのでうまく声が出ない。

 花姫はただ微笑んでいた。

 イブキは詳しく訳を聞こうと、穴を覗き込む。


「!?」

 

 しかし、突然イブキの真下に大きな穴が空いて落下してしまう。

 急いで飛ぼうとするが、花羽が無い事を思い出す。

 頭上から笑い声がして見上げると、穴からかつての仲間達が顔を覗かせていた。

 誰も手を差し伸べることは無く、ただ落ちていくイブキを笑いながら見ていた。

 イブキは懐かしい浮遊感を感じた。

 たまらず目を覚ますと、周りには空が広がっていた。


「え!?」

 

「あ、目が覚めた?」

 

 イブキの頭上から呑気な声が聞こえた。

 見上げるとエリカと目が合った。

 イブキは両脇をエリカに抱えられ、宙に浮いていたのだ。

 

「ちょっと!離して!アムは?ソフィアは!?」


「うるさい、暴れんな」


 足をばたつかせてイブキはエリカから離れようとするが、しっかり脇を固められているので逃げられない。

 イブキは観念する代わりに、エリカを問い詰める。


「答えて!」


「……2人はたぶん死んだ。ま、私に逆らったからね」


「は?」


 イブキの中の怒りがサッと引き、代わりに絶望が押し寄せる。

 エリカはイブキの表情を見て満足げに笑っている。


「そして、今はアンタを恵殿に連れて帰ってる。最初は顔だけ持って帰る予定だったけど、アンタの体頑丈すぎて首が取れなかったからさ、"仕方なく"ね」


 エリカが目だけ上を向いて、うんざりしたように言う。

 イブキはその首元で光っている物に気がついた。

 

「それは?」


「あ、これ?あのお姫様がつけてたやつ。前も欲しがってたし、持って帰ったら花姫喜ぶかなって」


「返して!」


「痛ったぁ!ちょっと!アンタバカじゃない?!」


 イブキはめいっぱい腕を伸ばして、エリカの首に下げられたソフィアの首飾りを奪い取る。

 エリカの両手はイブキを運ぶのに塞がっているので無抵抗のまま簡単に奪うことができた。

 

「随分、あの人間に入れ込んだのね」


「大事な友達……だから」


 イブキは2度とエリカや他の誰にも取られないように、ソフィアの形見を握りしめる。

 不思議と体の真ん中が温かくなるのを感じていた。


「友達!アハハっ!まさかアンタの口からそんな単語が出るなんて」


「あの2人は特別なの。アンタらとは違う」


 馬鹿にするような笑い声をあげるエリカに、イブキはきっぱりと拒絶感を露わにする。

 エリカは薄ら笑いを浮かべながら、イブキのつむじを見つめる。

 

「へぇ。たった数日程度の関係で随分惚れ込んだのね。私達は100年も一緒にいたっていうのに」


「ただそれだけじゃない。何も助けてくれなかった癖に」


「寂しかったの?かわいい妹ね」


「ふざけないで」


 拗ねたようにイブキが言うので、エリカはイブキの体をゆすっておどけてみせる。

 しかし、彼女の行動全てがイブキの癪に障るようだ。


「まぁ、アンタを惑わせたあの虫ケラどもはもういない事だし、花姫も気が変わってなければ許してくれるだろうし、良かったじゃない」


 相変わらずイブキの心情に寄り添う態度を見せず、あくまで自分の気持ち本位で話を進めるエリカ。

 イブキは怒りで言葉を失い、ソフィアの首飾りを胸の前で握りしめる。

 すると、先ほどから感じていた温かさに加えて、今は無い花羽がざわめく感覚を覚えた。

 イブキの中で懐かしい、あの全能感が蘇る。

 今なら、再び使えるかもしれない。


 確信は無かったが、イブキは導かれるように片腕を上げる。

 エリカはイブキを抱え直そうと、体勢を崩してしまう。


「もう!危ないじゃない!」

 

 エリカはイブキを見下ろして文句を言う。

 今までの青空が翳り、遠雷が聞こえてくる。

 イブキが不敵な笑みを浮かべたのを見て、エリカは血の気が引いた。


「アンタまさか」


 ハッとして上を見上げた時には遅かった。

 眩しいほどの閃光が2人に迫る。


「クソッ!」

 

 エリカは回避しようとイブキを手放したが、行動に移した時にはもう遅かった。


「〜〜!!」

 

 黄色の花羽が飛散する。

 先ほどの小さな弾丸とは比にならない、雷の力。

 エリカの体からは煙が上がり焦げ臭い匂いが漂うが、張本人のイブキは無傷だ。

 共に落ちていく2人。

 しかし、雷雲を掻き分けるように一筋の光が差した。

 その光はイブキの鼻先を掠めて、エリカだけを捉えると、彼女を雲の中に吸い上げてしまった。



 イブキは祈りを捧げるように首飾りを握って、猛スピードで落ちていく。

 『きっとソフィアが助けてくれたんだ』イブキは微笑んで目を閉じる。

 どこかの森に落ちたのか、枝やら葉に引っ掛かりながら落下していく。

 イブキはアムと出会った事を思い出していた。

 叶う事ならもう一度あの2人に会いたい――。

 イブキは地面に叩きつけられる。

 背中を強打するのは今日で何回目だろうとうんざりしていた。

 痛みに喘ぐイブキ。

 しかし、休む間を与えられず、イブキは誰かに手を引かれて体を起こされると、その誰かに背負われた。


「……アム?」


 イブキは譫言のように呟くが、その人物は答えなかった。

 アムにしては目線が高いし、背中も少し大きく感じる。

 ――一体、誰だろう。

 イブキは必死に考えたが、それ以上に疲れ果てていた。

 狭まる視界に抗えず、イブキはその背中に身を委ねて眠りに落ちた。

 

 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る