23輪.作戦失敗...!



 エリカが怒り任せに音を響かせ、城の崩壊が進む。

 裏庭の瓦礫の影に隠れて、エリカを止めるための作戦会議をする3人の頭上にも、崩れた外壁が落ちてくる。


「おっと!もうのんびりしてられないね」


 アムはそれに向かって手を伸ばすと、空弾を打ち上げて粉々にした。

 そして、先程までの大怪我を忘れさせるような身のこなしで立ち上がった。


「僕はそろそろ行くよ。2人とも……くれぐれも無理はしないでね!」


「あなたこそ!」


 どこからともなく吹いてくる風と共に、颯爽と去っていくアムの後ろ姿にソフィアは声をかけた。


「私たちも行こう。アムが作った隙を見逃さないようにしないと」


「そうね」


 ソフィアはイブキの雷のイデアが込められた弾丸を受け取って、流れるような手つきで小銃に装填した。


 ――――――――――――――――――――――――


 怒りの衝動のままに、周囲のものを手当たり次第に破壊していくエリカ。

 本来の目的をすっかり忘れているのか、イブキの元に戻る様子は窺えない。

 まるで本能に従う野生動物のようだ。

 そんな誰も手をつけられない彼女に、背後から忍び寄る影。

 その影はエリカに人差し指を向けて照準を合わせると、指先から空気の銃弾を放った。

 しかし、その衝撃はいともたやすく花羽に吸収された。


「……ねぇ、しつこいんだけど」

 

 エリカは、ゆらりとアムの方を振り返り、片手を腰に当て、心底面倒そうに目を細めた。

 その顔圧に通常の人間なら怯んで声も出ないところだが、アムはそんなの関係無しに会話を続ける。


「どうして花姫はイブキを?」


「さぁ?それを聞いて何になるの?」


 エリカは眉をハの字にしてとぼけてみせる。

 アムは小さなため息を吐いた。


「……僕は、どうも君たちが分からない」


「あ?」


 エリカの眉がピクンと動き、眉間にしわが寄る。

 透けるような肌には、こめかみに血管が浮き出ていた。


「どうして人間を見捨てた?」


「知らないわ、そんなの」


「答えろ」

 

 フゥーと細長い息を吐いてそっぽを向くエリカに、アムは追求する。

 

 「だから本当に知らないって。私達は花姫に従うだけ。花姫が望むことを叶えて、愛してもらう。ただ、それだけ。それ以外は何の興味もないわ」


 エリカは冷静を保てずに声を荒げる。

 先ほどから完全にアムのペースに乗せられていることに彼女自身も気づいており、それが尚更苛立ちを助長させている。

 

「空っぽだね」


「あ?」


「"空っぽ"って言ったのー!何も知らない、愚かな子。かわいそうに」


「うああああ!」


 とうとうアムに馬乗りになって、首を絞めるエリカ。

 アムはエリカの下で身じろぎして足をばたつかせるが、身動きがとれない。

 エリカは確実にアムを殺そうとしている。

 その背後から、物陰に潜んだソフィアが小銃で狙いを定める。


「くらえ!」


 パン!という空気を切り裂く音は微かに雷を纏って、エリカの右の花羽に命中した。

 

「!!」


 エリカの全身に雷が駆け巡り、動きが封じられる。

 しばらく痙攣した後、エリカはアムに馬乗りになったままがっくりと項垂れた。

 あの華やかな黄色の花羽も今はしおれて、心なしかくすんで見える。

 

「やった!」


 ソフィアとイブキは手を取り合って喜ぶ。


「アムを助けないと」

 

 イブキは飛び出してアムの元に駆け寄るが、違和感を覚えて足を止めた。

 何かぶつぶつ聞こえてきたのだ。

 地の底から響くような、重たくて、真っ黒な呪詛。


「……どうしていつもアンタばかり。……私よりも後に生まれたくせして。……ほんの少し、可愛くて強いからって。花姫は贔屓して!アンタが生まれる前は私が1番愛されてたのに!あ゙ぁ!!もう!馬鹿らしい!絶対ぶっ殺してずっと晒し首にしてやる!!!!」


 『逃げて』イブキがそう言う前に、 エリカの怒りの不満が放射状に拡散した。

 周辺一体が吹き飛ばされる。

 エリカの花羽に撃ち込んだはずの銃弾が、イブキの頬を掠める。

 イブキとソフィアは方々に吹き飛ばされた。

 イブキの背中に強い衝撃が加わる。

 痛みに喘ぎながら、イブキは周囲を探る。

 少し遠くでソフィアが目を瞑り横たわっている。アムの姿は見えない。


「ソフィア……」


 手を伸ばしたが、届かない。

 イブキは目の前が真っ暗になった。

 作戦は失敗に終わったのだ。


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