17輪.アムは立ち向かう
「何で、こんなこと」
イブキがその場に立ち尽くす。
その視線の先には、城の美しさを象徴していたステンドグラスが跡形もなく吹き飛ばされていた。
意識せずに口元がわななき、乾いた瞳でエリカをじっと見つめる。
「何でって……何が?」
エリカはイブキの頭上で小首を傾げている。
「あぁ、そっか。羽がないからこっちに来れないのか。ゴメンゴメン」
ただ、イブキが意図しない事に対しては合点がいったようで、ゆっくりと地上に足をつける。
傍には重傷を負った人々が倒れているが、気にかける様子はなく、避けようともせずにズンズンとイブキの元へ歩み寄る。
そして、イブキの頬に手を添えてにっこりと微笑んだ。
「あのね、イブキ。花姫が貴方のこと恋しがってるの。だから一緒に来てもらえる?」
シチュエーションこそ違えば、うら若き乙女達の微笑ましい一幕。
だが、イブキはエリカの頬を強く打った。
エリカは目を丸くして、左の頬を押さえたまま体勢を崩す。
「どの口が。あんなとこ、二度と戻らない」
「……私の言い方が悪かった、欲しいのはあんたの顔だけ。それ以外は何の価値もないの」
血の気を通っていないような無表情でエリカはゆらりと立ち上がると、花羽を大きくはためかせた。
発生した空気の流れが、刃物となってイブキに迫りくる。あまりにも近く、避けようがない。
イブキは目を強く瞑り、これから受けるであろうダメージを覚悟した。
しかし、数秒経っても身体に何の変化もない。
代わりにエリカの素っ頓狂な声が聞こえた。
「は?」
イブキが目を開けると、前にアムが立ち塞がっていた。
「何だ、このチビ」
「アム?」
まさかだが、アムがエリカの攻撃を防いだのだろうか。
イブキは自分よりも一回りは小さく感じる背中に目を凝らす。
そんな疑念に答えるように、アムはエリカを見据えたままイブキに指示をする。
「イブキは城の方に行って姫に状況を伝えてきて。こっちは僕に任せて」
エリカはわざとらしく目を丸くして眉を顰め、アム越しにイブキと目を合わせる。
「はっ、何を言い出すかと思えば。こんな弱い人間、一瞬でバラッバラにできるけど、それでもいいのー?」
「そうだよ、アム!花羽はなくても、まだイデアは使えるんだし、それにー」
アムに一体何ができるというのか。
イブキはそう言いかけて口を閉じた。
それに、つい口から出まかせで言ったものの、汽車でベゼと遭遇した時のことを思い出す。
花羽を失ったせいで安定してイデアの力が発揮できるとは思えないが、人間のアムがエリカと対峙するよりはいい。
しかし、アムは振り返らない。
毅然とエリカとイブキの間に立ち塞がっている。
「僕も、使えるんだ。花御子の『イデア』」
どこからともなく風がそよいできて、イブキの頬を撫でた。
アムは右腕をまっすぐエリカに向かって伸ばすと、人差し指をピストルのように構える。
すると、奔放に吹いていたそよ風が一気に収束し、鋭い弾丸となってエリカの右腕を吹き飛ばす。
「だから、行って」
「……っ!」
アムは一度もイブキの方を振り向かない。
まっすぐエリカだけを睨んでいる。
その気迫にイブキは何も発言することを許されず、鶏のようにコクコク頷くと、震える脚を引きずって城の方へと走り出した。
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