12輪.メイドのルル


「すみません、突然無理言っちゃって。そればかりかご飯まで」


 アムとイブキ、そして給仕服を脱いでラフな寝巻きに着替えたルルがこじんまりした木製の丸テーブルを囲んでいる。

 テーブルの上には温かいシチューとパンとサラダが並んだ。

 ルルは両肘をつき、組んだ両手の手の甲に顎を乗せて優しく微笑む。

 

「こんなもので良ければ。構いませんよ。それに、この城には空き部屋が多いですから」


 ルルがパンに手をつけたので2人もそれに倣って食事を共にする。

 しかし、ルルの気掛かりな言葉にイブキが手を止めた。


「どうして?」


「この城には私と姫以外住んでおりませんので」


 ルルが目を伏せてスプーンで掬ったシチューを啜る。


「そうなんですか?」


「えぇ、他の者は自分の家から通ってます。たまに泊まる時もありますがめったにありません」


「じゃあ、ルルは幻の姫を知ってるの?」


 イブキが目を輝かせてルルを見るが、ルルは敢えて目を合わせずそっけなく返す。


「もちろん。それが何か」


「どんな人なの?」


「それを答える義理はありません。それに、明日になれば分かるでしょう」


 依然としてルルはそっけない。

 むしろ、姫の事など話したくなさそうだ。

 イブキは何とか姫のことを聞き出したく、話題を続ける。

 アムはパンを頬張って静かに話を聞いている。


「サンは情けないって言ってたけど」


「サンが?」


「う、うん。自分は引きこもって全ては大臣任せだって」


 やっとイブキの話に乗ってきたルルだが、今度は怒っている様で、イブキは気押された。


「……ハァ。あの子はまだあんな事を言って」


 ルルは頭を抑えると、立ち上がり棚からワインを取り出した。

 2人にも勧めてきたが首を横に振って断った。


「いいですか、決して姫はサンが言うような人物ではありません。サンは勘違いしているんです」


 音を立てて豪快に瓶をテーブルに置くと、勢いよくグラスに中身を注ぐ。

 パンを飲み込んだアムが口をひらく。


「勘違いって?」


「……まぁ今日も明日も変わらないですし、よしとしましょう」


 ルルはちらりと時計を見て、自身を納得させたようだ。あと2時間ほどで日付が変わる。


「姫は生まれた時に両親を無くしました。花御子の襲来によって」


「ごふっ」


 イブキは思わず咽こんだ。


「大丈夫ですか?」


「あぁ、気にしないでください」


 ゲホゲホとむせるイブキを心配したルルだが、アムが頷いたので話を続けた。


「……それで、王家の血を継ぐあの子だけは無くしてはならないと残された者は躍起になりました。人目に触れさせず、大事に大事に育てたんです。王位を継げる年齢になるまで。それを揶揄して“幻の姫”なんて言う人もいますが、本当はそんな事ないんです」


 ルルはぐいっとワインを流し込む。

 

「あの子は毎日頑張って勉学に励み、自分の身は自分で守れるようにと日々鍛錬を積んでいる。決して、一部の人が想像するような子ではないんです」


「随分と仲がいいんですね」


 アムの言葉にずっと険しい顔をしていたルルの表情が緩む。

 酔いが回ってきたのか、頬もほんのり赤い。

 

「……私はあの時生き残ってしまいましたから。そこから16年も一緒なのでいらない情も湧いてしまうんですよ」


「じゅ、16年!?ちょっと待って、ルルさん何歳なの?」


 20代前半、もしくは10代に見えてもおかしくない若々しい容姿のルルに二人は顔を見合わせて驚く。


「ふふ、お世辞なら大丈夫ですよ。……そろそろ夜も更けてきましたね。部屋に案内しましょう」


 すっかり酔いが回ったのか上機嫌なルルが立ち上がる。


「いやお世辞じゃないんですけど」


「あぁ、明日が楽しみです!」


 しかし、ルルの満面の笑みに二人は黙らされた。

 先ほどまでの険しく、どこか憂いを帯びた雰囲気とは打って変わって、明日の姫の門出を心待ちにしているようだ。


 ルルはフラフラな足取りで歩み出したが、廊下の壁にぶつかりながら進むため、見かねたアムがイブキに支えるように言った。


 二人は部屋に辿り着き、ルルをまた送り届けようとしたが強く断られたので、大人しく部屋の風呂に入ると、ふかふかのベットでいつの間にか眠りに落ちていた。

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