04輪.きもちーでしょ

「とりあえず、ここを出ようか。あんまり長居してるとベゼに出くわすかも。魔禍に1番近い島だからね」


 2人の目的は一致したものの、それまでの道のりは見通しが立っていない。

 しかし、じっとしているのも何も変化がないので2人はこの島を発つことにした。

 

「ここってどこなの?」


「ここはヒノメだよ。恵殿の真下の島」


「名前があったんだ」


「まぁ誰も住んでない無人島だけどね」


 感心したようなイブキに向かって、アムは首を傾げて片方の口角を上げると、一言付け加えた。


「どうやってここを出るの?」


「“これ”で」


 アムは羽織っているフードを大きく広げてみせ、ニヤっと笑う。

 イブキにとってその意図はよく分からなかったが、内心モモンガみたいだと思っていた。



――――――――――――――――――――――――


 

「ねぇ!本当に大丈夫なの?」


「大丈夫、大丈夫!その代わり、しっかり捕まっててね」


 2人は海岸沿いまで歩いてくると、その辺りに生えている中で1番背の高い、空に向かってとんがった木をよじ登った。

 そして、その木の中でいっとう丈夫そうな太い枝の上に立つアムに、イブキは真正面からしがみついている。

 まるで猿の親子のようだ。

 イブキは高い所は慣れている自負があったが、花羽を失った事で初めて、ここから落ちたらどうしようという不安が押し寄せていた。

 いくら花御子の体が丈夫でも、確実に骨は折れるだろう。

 それに、花羽を失い、回復力も乏しくなってしまったので、さっきの擦り傷みたく、すぐに完治という訳にもいかないだろう。


「もうそろそろかな」


 そんなイブキの不安を他所に、アムは何やら呟く。

 すると、2人の背後から海に向かって風がそよいできた。

 そして、その風はどんどん勢いを増すにつれ、木々の枝葉がざわめき始め、恐ろしさを感じるほどに吹いてきた。

 アムはしっかりと枝の上に立っているが、時折風の勢いに揺られ、今にもバランスを崩してしまいそうだ。


「ねぇ、アム!本当にだいじょう、ぶううううう?!」


 イブキが再度アムに確認しようと、風にかき消されないよう大きな声で呼びかけた時、アムが突如として木から落下した。

 イブキは驚いて悲鳴をあげ、目を強く瞑ってアムにしがみつく。

 しかし、落下する感覚がない。

 不思議に思ったイブキは恐る恐る薄目を開けると、空に浮かぶ雲がどんどん流れていき、うっすら見える恵殿がみるみる遠ざかっていく。

 目だけを動かして周りを観察すると、アムが両手を広げ、羽織っているフードを広げていた。

 強く吹いてくる風の作用を受けて、海の上を滑空していたのだ。


「あはっ、きもちーでしょ?」


「こっ、こわすぎる!風が止まったらどうするつもり!?」


「そんなに心配しなくても、大丈夫だよ」


 アムは満面の笑みを浮かべているが、イブキはアムにしがみついて落ちないよう必死だった。

 イブキからは見えないが、真下の海では所々でぐるぐると海が渦巻いていて、もし落ちてしまったらベゼの巣窟である魔禍に真っ逆さまだ。

 そんな状況下でありながらも、アムは全く揺るがず、風に乗って次の目的地を目指している。

 

 不思議な事に風の勢いは一度も緩む事なく、2人が無事に陸に着くのを最後まで見届けてくれるようだった。

 イブキの背中には若干海水に触れる感覚があったが、アムがうまく抱き起こしたので、びしょ濡れにならずに済んだ。


「ふー、おつかれさま。どうだった?」


「花羽がとても恋しいと思った」


「そんな事言わないでよ!僕の飛び方も癖になるって!」


 どこか遠くの一点を見つめるイブキに、アムは両手をあげ、フードを広げて訴える。


「それで、ここは?」


「ここはピラトだよ。チェリディア王国の端っこにある港町」


「チェリディア……聞いた事ないな」


 イブキは折り曲げた人差し指を上唇に当て、考え込む。


「まぁ、自然が多く残る国だし、わざわざ花御子が狙ってやってくるような国ではないのかもね」


「ふぅん」


 アムの推察にイブキは納得した。

 花姫が嫌うのは、美しい地上を汚すものだ。

 イブキを含めた花御子がよく出向いていたのは、恵殿からもっと離れた場所だった。

 この辺りは恵殿に近い事もあって、技術の発展が遅れているのだろう。

 

 漂ってくる潮風がイブキの鼻をくすぐる。

 その生臭い独特の香りに、イブキは顔をしかめた。

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