10.私は、ここのうちの子になれただろうか

 私、美園澪が初めてその人を見た印象は「大きくて怖い」だった。


 母と折り合いの悪い私を見かねて、基叔父さんがお見合いを持ちかけてきた。

 叔父さんのお友達の息子さんで、大きな農家の跡取りなのだそうだ。

 母は最初、反対した。私なんかがそんな立派な家に嫁ぐなんて相応しくないと、叔父さんに言っていた。

 でも叔父さんの「いつまでも家に置いておいて、近所で噂されるのはよくないんじゃないか?」という言葉で母が折れた。叔父さんがそう思っているわけじゃないのは分かっているけど、それでも私は、一人じゃなんの価値もないんだと落ち込んだ。


 連れて行かれた料亭で出会った由紀瑞希さんは、入ってきた瞬間から機嫌が悪かった。

 目が合うとジロリと睨まれ、叔父さんや母への返事は当たり障りないけど、声は冷たかった。

 二人きりにされ、怖くて、どうしていいかわからない私に冷たく言い捨てて出て行ってしまった。


 ――「あんたは、何がしたくてそこに座ってるんだ?」


 ……でも、私がどうしたいかを瑞希さんは聞いてくれた。

 母のように言いつけるのではなく、叔父さんのように決定事項を通達するのではなく、一から私がどうしたいか聞く人は初めてだ。

 なんとか友達からとお願いすると、笑われて、そこまで怖い人じゃないのかもしれないと思えた。


 基叔父さんと由紀さんが相談して、私は由紀さんの家にお世話になることになった。

 買い物に付き合ってくれた瑞希さんは、やっぱり機嫌が悪くて、怖い。

 それでも、ほしいものも言えない私に顔をしかめながら最後まで付き合い、言い出せなかったぬいぐるみを買ってくれた。

 そんなに怖い人でも嫌な人でもなさそうで、由紀さんの家に行くのが少し楽しみになった。


 引っ越してみてわかったのは、瑞希さんの話し方が怖いのは怒っているからではなく、それが普通だということ。

 言い方がキツイと、よくお義母さんに叱られていて、不貞腐れる顔は子どもみたいであんまり怖くなかった。

 目つきがキツいのも、よく見たらお義母さんと顔がそっくりだし、ただそういう顔なだけだった。

 乱暴な言い方をするたびに、気まずそうに言い直すのが少しかわいいと思ってしまう。

 私が謝ってばかりいるのも、卑下してばかりいるのも、瑞希さんは嫌がる。肯定的な言い方、喜ぶこと、感謝すること、そういうのを喜んでくれる。

 由紀さんたちも私の仕事を褒めてくれて、喜んでくれて、応援してくれる。

 そしたら、私は頑張りたくなる。もっと良くしたいと思える。


 ――「お前は気が利くよな」


 瑞希さんとは、同じ家に住んでいても、会うのはごはんのときくらい。それだけなのに、頑張ったことに気づいてくれるあの人は、もう怖い人なんかじゃない。

 ごはんを作ると、なんでもおいしいと言ってくれる。

 ケーキやアイス、そんなちょっとしたものを選ばせてくれる。

 ……実家ではあり得なかったことばかりで、私はずっとここにいたい。


 そのためには、どうしたらいいのだろう。


 そもそも私がここの家にいるのは瑞希さんと婚約という扱いになってるからだ。

 ……建前だけじゃなく、本当にそうなりたいと思ったのが、いつからなのかはわからない。

 ペンギンを買ってくれたとき、ケーキを選ばせてくれたとき。アイスを買ってきてくれたときかもしれないし、クリスマスプレゼントをもらったときかもしれない。

 お汁粉を喜んでくれたときとか、バレンタインのチョコの家を熱心に作っているのを見たときかもしれない。

 瑞希さんは、当たり前のように私を一人の人間として扱う。消えそうな私を、ちゃんと数に入れてくれた。


 でも、たまらなくなったのは母から庇ってくれたときだ。


 その日は、瑞希さんがホワイトデーのお返しにデザートビュッフェへ連れて行ってくれる約束だった。

 昼ごはんのあと、出かけるお義父さんとお義母さんを見送って、瑞希さんが少しだけ畑に出るというのを見送った。

 私の仕事は午前中にほとんど終わらせていたから、残りはすぐに終わる。洗濯物を取り込んで畳もうとしたところで玄関で呼び鈴が鳴った。


「はーい」

「久しぶりね、澪」


 扉を開けると、そこにいたのは母だった。

 もう、そのあとのことはあまり覚えていない。

 いつもみたいに母にあれこれ問い詰められるけれど、早口すぎて何を言われているのか、何を聞かれているのかちっともわからない。


「……私、私は……」

「あなた、やっぱりなんの役にも立たないで由紀さんに迷惑ばかりかけているのね」

「そんな、こと……」

「まともに返事もできないじゃない。愛想を尽かされる前に帰ってらっしゃい」

「……やだ、それは……やだ」


 戻りたくない。

 私がただいまと言いたいのは瑞希さんだ。でも、それを口にするのが怖い。母に頭ごなしに否定されたらどうしよう。


「澪……?」


 玄関が開いて、瑞希さんが帰ってきた。母と少し話して、私を庇うように間に立つ。


「……澪」

「……っ」

「澪、俺の顔を見ろ」


 私は瑞希さんの後ろで縮こまることしかできない。なのに、瑞希さんは私を真っ直ぐに覗きこんで名前を呼んでくれる。


「澪」

「……は、はい」

「今日、約束してたの覚えてるか?」

「え……っ? えっと、夕方から、出かけるって」

「うん。デザートビュッフェに行こうって約束してただろ。お前はイチゴが好きだけど、時期が外れているから、それは今度。今日はメロンやサクランボがあるらしい」


 瑞希さんは、今、なんて言っただろう。


「……私、イチゴ好きって言いましたっけ……?」

「見てりゃわかる」


 もう、それだけで胸がいっぱいになった。どうしてこの人は、私のことをこんなにちゃんと見てくれるんだろう。


「で、だ。お前の母親は、お前と話をしたいらしいけど、澪はどうなんだ? 話したいこと、ある?」


 私はゆっくりと首を横に振る。


「ない……です……」

「そう」


 瑞希さんは頷いて、母の方に顔を向ける。


「澪、あなた……!」

「お引き取りください。また、きちんと父と母に連絡の上でお越しください」


 叫ぶ母に、瑞希さんは淡々と答える。私は突っ立ったまま、ただ泣くことしかできない。


「……っ、わかりました。そこの役立たずを引き取っていただけて、感謝します」


 びしゃっと扉が閉められる。


「一昨日来やがれ」


 瑞希さんは舌打ちをして扉に鍵とチェーンをかけた。

 拭いても拭いても涙が止まらなくて、瑞希さんに止められる。

 そのあと、瑞希さんは外に出てしまい、私は自分の部屋でペンギンを抱えて横になった。

 頭がぐちゃぐちゃで、何も考えたくない。……母に責め立てられたことも、瑞希さんに、行かないでと言えない情けない自分のことも。

 ウトウトして、気がついたら外が暗くなっていた。

 瑞希さんはまだ帰っていない。

 帰ってこなかったらどうしよう。

 あんな母がいる私に、泣いてばかりの私に、愛想を尽かしてしまったらどうしよう。


 スマホを見たら、母から大量のメッセージが来ていた。どうしよう……もう何もしたくない。

 母からの通知をオフにして、ついでに自分のアイコンをデフォルトのものから瑞希さんにもらったペンギンのぬいぐるみの写真にしておいた。……今さらで、ほんのささやかでも、自己主張をしておきたかった。


 とにかくシャワーを浴びる。脱衣所を出たところでスマホが震えて、瑞希さんから『帰る』とだけメッセージが送られてきた。

 ……瑞希さんのアイコンが、バレンタインに私が贈ったチョコの家になっていた。しかも家を持つ私の手も入っている。いつからだったんだろう。スマホでやりとりをほとんどしないから、気づかなかった。


 泣きたい気持ちのまま玄関で待っていると、十分ほどして鍵ががちゃがちゃと揺れた。

 ふらふらの瑞希さんを須藤さんが抱えて入ってくる。


「瑞希さん、おかえりなさい……!」

「遅くにごめんね」


 須藤さんが瑞希さんを玄関に座らせる。隣に座ると、瑞希さんは私を見て、いつもよりずっと小さい声で「ただいま」という。


「おかえりなさい。あの……瑞希さん、大丈夫ですか?」

「ちょっと飲みすぎただけだよ。ほとんど食べずに、飲んでばかりだったから」


 呆れた顔の須藤さんに、瑞希さんは渋い顔をしている。


「お水をお持ちします」

「あ、待って」


 立ち上がると、須藤さんが笑いながら私を呼び止めた。


「そいつね、美園さんのごはんが美味しすぎて、居酒屋の食べ物が全然美味しくないからって、食べなかったんだよね。胃が空っぽなのに飲んだから、変に酔っちゃったんだ」

「えっ……、そ、そうなんですか?」

「……うん」


 瑞希さんは唇を尖らせて頷いた。……そっか。私のごはん、そんなに好きでいてくれてるんだ。


「あのさ、そいつ白馬の王子様じゃないから待ってても迎えに来ないよ」

「え……それって……」


 何を考えているのか、どうしてそんなことを言ったのかわからない。……本当に? 本当に、私はわからないだろうか。


「何言ってんだ、お前」

「絶対に合意じゃないと寝ないしね」

「ほんと何言ってんだ。余計なこと言うな馬鹿」

「今の美園さんには言った方がいいと思うけど」


 ……たぶんだけど、須藤さんは私の背中を押してくれているみたい。

 瑞希さんは不貞腐れた顔で手を払う。


「……意味わからん。帰れ帰れ。……サンキュ、送ってくれて」

「いいよ、迷惑料もらったし。じゃあ、また。美園さんも」

「あ、はい……。あの、ありがとうございました」


 須藤さんを見送って鍵を閉める。


「お水、お持ちしますね」

「ん」


 瑞希さんは水を飲んだら落ち着いたみたい。


「立てますか?」

「うん」


 フラつきながら立ち上がる瑞希さんに手を差し出すけど、断られる。……寂しいけど、それでも私は。


「だいじょぶ」

「全然、大丈夫に見えません」

「じゃあ、手……引っ張って。俺がふらついたら離していいから」

「……離しませんよ」


 やっと触れられたこの人の手を、私は離したくない。



 瑞希さんの手を引いて、二階に上がる。奥まで進んで、右の扉の前で私は立ち止まった。


「部屋、入りますね」

「……うん」


 頷いてくれたのを確認して扉を開ける。明かりをつけようとしたら手を引っ張られた。

 ベッドの前まで連れて行かれる。瑞希さんは私の手を握りなおした。


「……俺、ふらついてるから、手え離していいよ」


 いつもより、ゆっくり、低い声で言われる。それがどういう意味か、わからないほど子どもじゃない。


「離したく、ないです」

「意味、わかって言ってる?」


 さっきより、ちょっと早口で言われた。


「あのさ……いや、いいや。上手く言えねえし」


 うまく言えないのは、私も同じだ。つないだままの手をきゅっと握り返す。


「澪」

「……はい」

「今なら、まだ、自分の部屋で寝られるけど」


 思わず笑いそうになる。こんなに強く私の手を握り締めているのに、それを振りほどいて自分の部屋になんて戻れないよ。


「瑞希さん、説得力ないです」


 一瞬だけ、握る手の力が緩む。握り直す前に瑞希さんの太い指が私の指を絡め取った。


「……手の怪我、全部治った?」

「全部は治ってないです。でも、もう痛くないから、大丈夫です」


 指を握り返す。

 あなたが寄り添ってくれたから、まだ傷跡はあっても痛くない。

 肩が触れる。低い声が耳元に落ちる。


「あのさ……、誰かと、したことある?」

「……なくは、ないです。えっと……しようとしたけど、最後まではできませんでした」


 大学生のときに、一度だけ。それでできなくて、もうダメだった。


「そっか」

「……痛くて、ダメでした」

「痛くてダメだったのに、またしようとしてるのか。……馬鹿だな、お前」


 そう言われちゃうとそうなんだけど。

 でも、私はあなたと夜を越したい。


「俺、謝られると萎えるから、謝んないで」

「……わかりました」

「でも、痛かったり、嫌だったら言って」

「わかりました」

「澪」

「はい」

「俺、お前のこと好きだよ」

「……私も、瑞希さんのことが好きです」

「……そっか。よかった」


 繋いだままの手が引かれて、ベッドに倒れこんだ。瑞希さんの手が離れて寂しい。

 手に触れていたのは玄関からここまでのわずかな距離なのに、私はもうそれがないとダメになっている。


「ちょっと待ってろ」


 ガサゴソと音が聞こえて、ベッドが軋む。熱い吐息が顔にかかる。

 額、目尻、頬と順番に温かいものが触れて、ぽやぽやしていたら、唇がそっと重なった。

 薄暗い部屋の中で、瑞希さんがどんな顔なのか分からない。顔、見たいなあ。


「澪」

「ひゃっ、はいっ」

「あー……、緊張すんなってのは無理だと思うんだけどさ」

「……はい」

「慣れてないのはわかってるから、適当にしとけ。……そんなことで呆れたり、怒ったりしないから」

「……はい」


 瑞希さんの手が、私の手に重なる。指が絡んでシーツに沈んだ。

 何度も唇が重なり、気持ちよさにぼんやりしている間に、重なりが深くなっていく。どうしていいかわからなくて、息が続かない。

 でも、できるならもっと、直接触れたい。


「……瑞希さん」

「ん?」

「私も、脱ぎます」

「はいはい。俺がやるから、おとなしくしとけ」

「ん……」


 なんか子ども扱いだなと思ったら、そのまま声に出てしまった。瑞希さんは気にも留めず、私のパジャマをするすると脱がしていく。

 気付いたら下着姿になっていて、横に寝転んだ瑞希さんに抱き寄せられた。おずおずと背中に腕を回してしがみつく。

 ……半年前には考えもしなかったことだ。


「澪」

「……はい」

「お前はかわいいな」

「え……っ、どこがですか……?」

「教えねえ」


 かわいいところ、あったかなあ。私は泣いてばかりで、ほしいもの一つねだれなくて、全然かわいくないのに。

 強く抱きしめてくれる人は、大きいけど、どこも怖くなくて温かい。

 そのことにひどく安心した。

 こんなに太い腕で、力強く抱き締められているのに全然痛くも苦しくもない。

 固い背中はじっとりと熱くて、ずっと触っていたい。

 ふと瑞希さんの手が、私の手のひらを擦った。カーテンの隙間から差す月明かりに照らされ、手のひらに小さくアザができているのが見えた。昼間、爪が食い込んだ痕がまだ残っていたみたい。


「……明日、出かけたときにハンドクリーム買う」


 瑞希さんが低い声でささやく。


「ハンドクリームですか?」

「クリスマスに俺があげたやつ、もうないだろ」

「……はい」

「それに、こんなしょうもない傷は、残さないでほしい」


 返事をする前に、手のひらが瑞希さんの口元へと持って行かれた。強く吸われて、くすぐったい。

 やっと手が離れ、仄暗いなかで見た瑞希さんの瞳は、やけに熱っぽい。そこに私が写り込んでいるのが、どうしようもなく嬉しかった。


 翌日、今度こそ二人でデザートビュッフェに向かう。海辺のホテルの上層階にあるそこは、どこもかしこも輝いて見えて、たぶん一人だったら絶対に来なかっただろう。

 瑞希さんとお腹いっぱいになるまで食べて、腹ごなしに近くの浜辺を散歩する。


「なんか、珍しい格好してんね」


 風にはためくスカートを押さえていたら瑞希さんに覗き込まれた。


「お義母さんが、せっかくだからと選んでくださったんです。先週、瑞希さんが誘ってくれたあとに」

「……そっか」


 またしばらく黙って歩いていると、瑞希さんがぽつりと呟いた。


「来年のバレンタインも、チョコの家がいい」

「は、はい。わかりました。用意します」


 来年も、一緒にいてくれるんだ。そして、チョコも受け取ってくれる。


「そんで、またなんか美味いもの食いに行こう。お前が作る飯ほどじゃないかもしれないけど」

「……そんなことは……。えっと、楽しみにしています」

「その前にさ、行きたいところがあるから付き合って」

「はい、ぜひ」


 瑞希さんのスマホを覗き込むと、お洒落なカフェが表示されていた。メニューの写真は、どれもとても美味しそう。


「他にもさ、いろいろ行こう。うちに、お前が出かけて嫌がるやつなんかいないから」

「……はい。瑞希さん、ありがとうございます」


 昨日、母が言ったことを気にしてくれていたんだ。私自身は、言われすぎてもう何を言われたかも覚えていない。瑞希さんがかばってくれたことのほうが、ずっと大事だ。

 瑞希さんに手を引かれて歩く。黙ってても居心地が悪くない。

 砂浜は歩きにくく、足は砂だらけになるけれど、大きな手で引っ張られているから、安心して歩いていける。


「瑞希さん」

「んー?」

「夜の海ってきれいですね」

「……そだね。お前のほうがきれいって言ったほうがいい?」

「いっ、言わなくていいです……」

「また来よう。じいさんばあさんになっても、一緒に来よう」

「……はい」


 瑞希さんが立ち止まって、振り向いた。見上げると、少しだけキスして、また歩き出す。

 私の顔はたぶんゆるゆるだから、瑞希さんが先に歩いてくれていて良かった。


 家に帰ってお風呂から上がったあと、瑞希さんの部屋のドアをノックする。

 パジャマ姿の瑞希さんが出てきて、私を見て目を細くする。


「どした?」


 やけに嬉しそうで、たぶん私が言いたいことなんて全部わかってるのだろう。


「……えっと……、その……キス、してください」

「はいよ」


 肩に手が乗る。一瞬だけキスされる。そんなのじゃ、物足りないって分かってるくせに。

 何て言えばいいだろう。瑞希さんは何も言わない。

 散々悩んだ末に、なんとか顔を上げる。


「……明日の朝、おはようのキスもしてほしいです……ベッドの中で」

「なんだよ、それ」


 瑞希さんは笑って、腕を広げた。


「おいで」

「……はい」


 抱きつくと優しく抱き締められた。

 ここが、私の帰る場所だ。



 日曜日の夜。お義父さんとお義母さんが帰ってきて、みんなで晩ごはんを食べたあと、瑞希さんに呼ばれた。


「澪ー、ちょっといい?」

「はい!」


 瑞希さんはリビングの棚から、花音さんの結婚式のアルバムを出してきた。


「お前も、こういうのしたい?」

「……えっと……」


 アルバムの中で、花音さんが満面の笑みを浮かべながらドレスをひるがえしている。……私には、こんなきれいなものが似合う気がしない。

 しないけど……。

 花音さんの隣にはタキシード姿の須藤さんが微笑んでいる。瑞希さんがそういうのを着るなら、隣に並ぶのは私がいい――そう思うのはワガママかな。


「俺は、こういうの、お前に着てほしいけど」

「……着たい、です」

「そう。じゃあ、頑張ろう」

「……はい」


 アルバムをめくる。どのページも、すごく輝いて見える。

 ふと顔を上げると瑞希さんが私を見ていた。キスしてほしかったけれど、お義父さんもお義母さんもいるから、今は黙って少しだけもたれかかった。

 触れた箇所が温かい。


「瑞希さん」

「ん?」

「私、ここのうちの子になれましたか?」

「んー……」


 瑞希さんは珍しくちょっと困ったような顔をした。


「うちの子じゃなくて、俺の妻になってくれよ」

「……ふ、不束者ですが、よろしくお願いします……」


 真っ赤な顔の瑞希さんは、まったく怖い人なんかじゃなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る