第24話 尊敬する上司は死んだ *相田視点
尊敬する上司がいた。
この会社をたった数年で首都国の代表企業にまで押し上げた、影の功労者。仕事はできるが、その人の側に付くと心身をやられると。入社した頃に誰かが言っていた。
それでも憧れは強く、どうにか一緒に仕事をしたくて努力した結果、直属の部下になった。ついでに運転手就任。
「きっつ、……」
何が精神的にくるって。いろいろあるけど、一番はさ。書き出したらゴマ粒ほどの過密スケジュールを全てこなすその能力を、目の当たりにすることだよ。しかも流すんじゃなくて、どれも確実な成果にしてる。
こっちは目的地に届けるだけでいっぱいいっぱいなのに。着いたら全部同行。この人の仕事相手にひたすら挨拶して、学ぶ暇もない程にぐるぐると。何気に取引先によって話し方や距離の詰め方変えてるし。
「何者なんだよ……、」
あの、存在するだけでひれ伏してしまいそうになる圧倒的な圧をこうもコントロールできるものかと。初日で拒否反応出た俺じゃ一生追い付けないんじゃないかっていう、絶望にも似た諦め。
だけどどれだけ辛かろうが、途中で辞めるのは自分のプライドが許さなかった。努力で押し上がってきた分、解雇されない限りは続けてやるという意地。
……あとは。
「相田」
「あ……はい、」
「これやる。……お疲れ」
「!!……ありがとう、ございます」
無愛想に見えるけど、奥底はとても温かい人だったから。しんどい時に限って声かけてくれるんだよ、こんなの心掴まれちゃうじゃんね。
時の流れは環境に慣れさせ、副社長との関係も深めた。仕事振りは相変わらずだけど、今じゃ軽口言えるくらいには。俺お前が辞めると困るわ、と何気なく言われたことが密かに自慢になっていたりする。
……ただ、何も良好な変化だけじゃなかった。
「瀬川さん。あの女の借金、まだ回収してないんですか」
「……時機じゃない」
「待つ時間なんてないでしょう。風俗にも送り込まないで……家に置いてやる義理だってないじゃないですか、」
「……悪い」
理由すら言わない。力なく笑って謝られたら何も言えなくなる。こんなぬるい取り立てじゃ、利益なんかほぼ出ないの誰よりわかってますよね。……以前なら問答無用で放り込む人だったのに。
女一人でこんなに変わるとか。身元を知った時に納得しかけたけど、じゃあどうして早く殺さないんですか。聞かなくても見てれば理解してしまうけれど。でも納得なんかできないですよ。この人がそんな非合理的な感情で動かされているのは、最後まで信じ難かった。
……本当は、信じたかったよ。
ここまで信じてついてきたんだ。彼が見る世界を俺だって一緒に見たかった。いつまでもこの人の背中越しに、その素晴らしい未来を歩いていけると信じていたんだ。嘘じゃなかった。最後まで、疑いようもないはずだった。
……でもそれは、俺じゃできそうもなかったから。
「……はい。今は湾岸都市にいるようです。発信器のデータを送るので、あとはどうにでも」
確かにあなたは完璧な上司だった。
ただ、一つの誤算があるとすれば。
「……変わりましたね、瀬川さん」
まさか部下に裏切られるなんて、思ってなかったんでしょうけど。恨まないでくださいね。僕だって被害者なんです。あの人から初めてもらったコーヒーと同じ銘柄を選んでしまうクセは、しばらく抜けそうにはないけれど。潰した缶をいつまでも取っておくわけにもいかないでしょう。
あれ程に尊敬していた上司は死んだ。
潰えた夢の続きを見る日は、きっと来ない。
「……さようなら」
ゴミ箱に投げ捨てた缶が、カランと乾いた音を響かせた。
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