第6話 フレンチトースト *律視点

 朝起きてコーヒーを飲むことが習慣になっているから、まだ完全に動いていない思考のままにキッチンに向かえば。



「ふんふふーん、ふふんっ!!」

「…………」



 でけぇ鼻歌、つーか熱唱?


 誰だあの女、と思いかけて、昨日からウチに置いている本田美尊だということを思い出す。……そういやキッチン、場所わかったんだな。寝る前に笑わせてくるもんだから、目が覚めちまって、そのツケが今の眠気につながっている。


 お前のせいだ、っていうには理不尽だろうけど。小さな復讐くらいはしても許されんだろ。



「……なに、作ってんの」

「ひぃっ!……お、おはようございます」



 楽しそうにフライパンを動かす後ろ姿。その背中に気配を消して声をかければ、……いいリアクションするわ。芸人向いてんじゃねぇ?



「お、脅かさないでください」

「それ何?」

「フレンチトーストです、危ないから離れてください」

「うまそう」

「あの、聞いてます? 律さんの分もちゃんと準備するので、離れてくださ」

「やだ」



 離れろって言われたら近付きたくなる。


 人間の、儘ならないときの表情を観察するのが好きだ。苛立ちを強めるヤツ、強行突破しようとするヤツ、ただ待つだけのヤツ。いろんなヤツがいるけど、この子の場合はどうかって。


 無視されることに痺れを切らしたのか、困った表情でやっと俺の方を見る。……あぁ、これだ。迷惑さの中に混じる、この相手に期待してすがるような目。昨日よりも下がっていそうな警戒心は、慣れを深める良い機会でもある。


 夜は触れただけで怯えた表情を見せていた髪。あっさりと触れることを許すから、手にとって唇を寄せてみれば、案の定かたまってる。耳にかけると、端まで赤くなった耳がよく見えて。



「みこと。おはようのキスでもする?」



 あまりにもウブな反応するものだから、興が乗ってしまって。少しのイタズラで済ませるつもりだったんだけどな。誘うように近付けて顔を覗き込めば、揺れる琥珀とかち合う。そこに映る俺は最高に悪い顔して笑ってて。



「……し、ませんよ……!」

「じゃあそれ以上?」



 ジューって焼ける音だけが、静寂を阻む数秒。


 顔を離しても固まってる。いい加減トースト焦げるぞ。



「……もうひっくり返してもよさそう、」

「な、に普通に料理してるんですか!?」

「だって焦げるし」

「原因あなたでしょうが!!」



 理解が追い付いてきたようで、首まで赤くして怒られる。昨日よりもハードル高いことできてえらいえらい。でも顔覗き込んだくらいでそうなるの。



「一人立ちするには程遠いよなぁ……」

「なっ……すぐに慣れます!!」

「うん、楽しみにしてるわ」



 目線合わせただけでびくびくしてるくせに。


 回数重ねれば慣れるんだろうけど、でもこの反応が見れなくなるなら、まだ慣れないままでいいよ。目新しいものには興味がそそられる。


 ……それに。


 今はどうにか社会的契約で縛っておけるけど、俺に慣れる頃までお前が俺のそばにいるとは限らない。俺だけが見出だした価値以外のものがデカすぎる。それをどうにかしない内は、まだ。


 もう少しいたずらしていたいけど、でもそろそろ仕事の時間やばいよなぁって頭の片隅で考えて、くるくると髪を弄っていた手を止めてコーヒーカップを取り出す。



「味見していい?」

「こっちは生焼けですよ」

「生卵食えるならいけるだろ」

「お腹下してみたらわかると思いますけど」

「実体験するまでもねぇんだわ」



 せっかくだから、腹に入れようと思った出来立て料理。残念ながら忠告をくらったので、フライパンではなく皿に乗っていたフレンチトーストへと方向を変える。こっちもまだ湯気が出てる。



「お、結構いける。お前も食べる?」

「えちょ、……ぐっ! あっふ!!」



 ついでにこいつの口にも突っ込めば、熱いって跳び跳ねてる。猫舌なの、予想通りすぎて笑える。よかったなぁ、元気になったみたいで。魚を地面に置いた時とよく似て、……あぁ力尽きてるわ。



「律さんの舌……なにもの……」

「やけど見ようか?」

「引っこ抜かれたりとか……」

「希望ならするけど」

「ヒィッ……遠慮します!!」



 お願いしますって言われても困るけどな。てか地味に悪魔から閻魔にグレードアップしてんの、ウケる。

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