第3話 忘却と怒り

 日々が過ぎるほどに、俺の存在は、この家の記憶から消えていった。

 妻は、俺のことを一切語らなくなった。

 俺の写真も、思い出の品も、どこにもない。

 家から、"俺"が消えた。

 そのことが、最初はただ悲しかった。

 だが、やがて俺は怒りを覚えるようになった。

 ――どうして忘れるんだ。

 ――俺はここにいるのに。

 忘れられることへの恐怖。

 記憶から消されていく焦燥。

 そして、何より許せなかったのは、再婚をきっかけに、娘が家を出ざるを得なかったことだ。

 あれが彼女の本心だったとは思えない。

 あいつが来なければ、あいつさえいなければ、あの子は――。

 気づけば俺は、座敷童からは程遠い存在になっていた。

 俺の怒りに呼応するように、照明が瞬き、壁が軋む音がする。

 それを気味悪がる妻と再婚相手を見て、少しだけ心が晴れた。

 俺は悪霊になってしまったのか。

 そんなある晩、俺は聞いた。

 妻が電話で、誰かと言い争う声を。

「……違う、そうじゃないの。

 私は……でも、この家は……!」

 相手の声は聞こえなかった。

 ただ、強い調子での言い争いだった。

 家。この家を売る話だろう。

 新しい夫の転勤に合わせて、妻は家を手放すつもりなのだ。

 その事実を思い出して、再度怒りに震える。

 俺を、この家を捨てるのか。

 最後の拠り所すら、失わせるつもりなのか――。

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