第3話 初実戦

廊下の奥、ランタンの微かな灯りがゆらめいている。

忍び足の影がひとつ、壁際を進んでいた。


(……いたな)


フードを目深に被り、黒い革鎧を着た細身の男。腰には短剣。

ゲーム原作で見た通り――盗賊団〈黒犬〉の偵察役だ。

本来ならこのあと、学園の魔導資料室に忍び込み、貴重な魔導書を盗んで逃げるはず。

でも、それは“俺が何もしなかった場合”の話だ。


呼吸を整え、そっと命令を追加する。


「命令――筋力のリミッターを三割解除」


体の奥が熱を帯び、血が巡る音が耳の奥で膨らむ。

手足が軽くなり、動くほどに力が湧き上がる感覚が押し寄せた。


床板を蹴った瞬間――視界の中の盗賊がやけに遅く見えた。

背後から一気に距離を詰め、腕を掴む。


「っ……!?」

「動くな」


捻り上げた瞬間、鈍い感触と同時に何かがバキッと鳴った。

盗賊の口から押し殺した悲鳴が漏れる。

……だが俺の腕にも鈍い痛みが走っているはずなのに、ほとんど感じない。

痛覚カットの効果だ。


(……やべ、これ骨折ってるかも)


集中を切らさず、盗賊を床に押し倒す。

しかし――その時だった。


「そこにいるのは誰だ!?」


廊下の奥から寮の夜警の声。

原作にない展開だ。予定外の乱入者に盗賊が慌てて暴れ出す。

短剣が抜かれ、ランタンの光を反射した。


(速い……!)


集中力を極限まで高めたおかげで、刃の軌道が鮮明に見える。

咄嗟に体をひねってかわし、相手の手首を叩いた。

短剣が床に落ち、金属音が響く。


夜警が駆け寄ってくると同時に、盗賊を完全に取り押さえた。


「……捕まえたぞ」


胸の奥で、何かが静かに高揚する。

原作では逃げ切るはずだった盗賊を、この手で捕らえたのだ。

――確かに、物語は変わり始めている。


だが、腕に視線を落とした瞬間、血がだらだらと滴っていることに気づいた。

痛みがないせいで、ずっと気づかなかったのだ。


(……やっぱ、このスキル、諸刃の剣だな)


それでも――この夜を境に、俺は決めた。

もう二度と、原作通りには進ませない。

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