セレスティアの影
柳 凪央
プロローグ
東京・丸の内。摩天楼の谷間に佇む「ホテル・セレスティア」は、首相や海外の王族も利用する、日本最高峰のラグジュアリーホテルだった。
夜十時を回ったロビーは、落ち着いた照明に包まれ、ピアノの生演奏が静かに響いている。チェックインカウンターでは外国人客が笑顔でカードキーを受け取り、その背後で、黒いスーツの男が一人、壁際を歩いていた。
高橋司、警視庁捜査一課警部補。
表向きはホテルの顧客担当マネージャーと並んで歩いているように見えるが、その足は一直線に従業員用エレベーターへ向かっていた。
「他の客には一切知られたくありません」
先導する総支配人・水谷の声は低く抑えられていた。
「報道機関にも?」
「当然です。もし漏れれば、当ホテルの信用は終わりです」
エレベーターは最上階のさらに上、専用キーでしか行けないペントハウス階に止まった。廊下は厚い絨毯に覆われ、足音ひとつ響かない。
案内されたスイートルームの前には、すでにスーツ姿の鑑識員が二人。制服は一人もいない。
ドアが開くと、重く甘い香りと共に、息を呑む光景が広がった。
ベッドの中央に、男が仰向けで横たわっている。喉に一筋、鮮やかな切り傷。ベッド脇には高級ウイスキーのボトルと、半分残ったグラス。
窓は内外とも完全に施錠、ドアは内側からチェーンロック。
水谷が震える声で呟く。
「藤堂秀一様…今夜の晩餐会の主賓でした」
高橋はベッドから視線を外し、室内を見渡した。
目に入るのは高級調度と贅沢な静けさ、そして――ひとつの、不自然な違和感。
それは殺人現場に似つかわしくない、あまりにも完璧な“整いすぎた空気”だった。
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