5 熾鳥

    5(或る伝承)


 あるところに一人の女が居りました。

 家族はなく、緋色の髪をもち、異なる様相を以て世俗からは底気味悪がられ、隣人は誰一人とてりませんでした。

 しかし女はたぐいまれなる炎のちからを秘め、後の代まで名を遺すことは未だ誰もりません。


 あるとき、一羽の小鳥がからだきずつけ、血を流し、まもなく生命を尽そうとしておりました。

 嗚呼ああ、哀れな雛鳥。私と同じく孤身で世を去ろうと云うのですね。

 内に秘めたる生命の炎をおこし、そらへ飛び発たんことを祈ります。


 女は小鳥を掌に抱え、ひとたび息を吹掛けたかとおもえば、鳥の躰は炎につつまれます。

 人々は言います。なんと残酷なことか。生きたまま火あぶりにかけるとは。

 やがて灰と成ったそれを女は地に置き、なでるように祈りをこめると、ふたたび炎が灯りました。

 たちまち灰の山は割れ、炎の渦がほうとたちのぼったと思えば、かの鳥が翼に熱をまとい、みたびあらわれたのです。


 鳥は疵のあったことなどすっかりわすれ果てたかのように、軽やかに飛びまわります。

 人々は言います。奇蹟だ。奇蹟が起きたと。

 かの女が奇蹟を起こしたと。

 朽ちたはずの肉体に生命の炎を熾したと。


 かくしてよみがえった小鳥は霄へ羽ばたき、やがてその姿形は観得みえなくなりました。

 その女、フリッツリートは一歩をみだします。

 そして、その後には奇蹟を目の当たりにした幾らかの人間が続いたのです。

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