太陽のような君に花束を

霞乃

第一章 〜高校二年の日常〜

「立花くんと喋ってても、なんかつまんない……」

 元クラスメイトの言葉が、頭にこびりついて離れない。

 そんな言葉を浴びせられたあの景色は、数年経った今も、昨日のことのように鮮明に思い出すことができる。

 それほど俺の心の奥深くに突き刺さっていた。


「またこの夢か……」

 何度見たかもわからない夢で迎えた朝は、目覚めのいい物ではない。

 だがそれも、良くも悪くも日常の一部分として慣れてしまっていて、今さら極端に気分が落ち込むこともない。


 二階の自室からリビングに降りると、母が用意してくれた朝食がテーブルに並んでいた。

 父は先に朝食を食べ始めている。

 片手にはニュースをチェックする為のタブレット端末。これがをいつものスタイルだ。

「おはよう悠斗。トーストは一枚でいい?」

「おはよう母さん。うん、ありがとう」

 俺が答えると、母はトーストを焼いてくれる。

 少しすると、母さんが父さんの方を向いた。

「お父さん、もう時間じゃない?」

 すると父は慌てたようにコーヒーを飲み干し、玄関の方へ向かう。

「いつもありがとう、行ってきます」

 そう母さんへ言うと、父さんは仕事へ出掛けて行った。

 

 早く起きて俺と父さんの食事を用意してくれる。

 当たり前のようになってしまっているが、感謝してもしきれない。

 中学生の頃は恥ずかしさもあって、素直に感謝を伝えられなかったが、高校生にもなると大分気持ちを伝えられるようになった。

 それは今みたいに、父さんが母さんに対して日常的に感謝を伝えるのを間近で見てきたからかもしれない。

 そんな事を考えていると母さんがトーストを持ってきてくれた。

「ありがとう、いただきます」

 当たり前ではない優しさに感謝して、俺は朝食を食べ始めた。


 朝食を食べ終えるといつも通り仕度をして、玄関の扉を開けた。

「行ってきます」

 リビングにいる母に聞こえるか聞こえないかくらいの大きさで、いつも通りつぶやいた。

「行ってらっしゃーい」

 という母の声が玄関が閉じ切る前にかすかに聞こえた。


 今日は英単語の小テストがあったような……。

 そんなことを考えながら駅までの道のりを進む。

 駅へと同じ方向へ進む人々は、俺と同じ学生やサラリーマンがほとんどだ。

 みんな眠そうにあくびをしていたり、これから始まる一日に憂鬱そうな表情をしている。

 かく言う俺もその一人だ。

 

 駅に着き、ホームへ行くといつも通り人で溢れている。

 俺は比較的空いている位置まで歩き、電車が来るのを待つ。

 いつも同じ時間、同じ位置で待っているので、お馴染みの顔がちらほらと見える。

 特に知り合いという訳ではないが、毎日を共に生き抜く戦友のようで、少しだけ親近感が湧く。

 到着した電車に乗った俺は、車両内の定位置に陣取って、鞄から単語帳を取り出して復習を始めた。

 大体誰がどの位置に行くかわかるので、定位置に落ち着く。

 その日の混雑具合によっては変動するが、大体決まった位置に陣取ることができるので、安心して勉強できる。

 

 いつものルーティンに沿って電車に揺られていると、高校の最寄り駅に到着した。

 最寄り駅から高校まではほぼ一本道だ。

 両側に住宅街が並んでいる細い道は、最初こそ道が分かりづらく戸惑ったが、二年にもなると見慣れた光景だった。

 自宅から駅までの道と比べると、歩いている人は圧倒的に学生が多い。

 そんな通学路を歩いていると、後ろから不意に肩を叩かれた。

「悠斗! おはようさん!」

 その声に振り返ると、そこには友人の姿があった。

 俺と違って朝からパワーに満ち溢れているこいつは、クラスメイトの鶴見進也つるみしんやだ。

 身長は俺と変わらないが、筋肉質でがっしりとした体型をしている。

 鶴見とは一年も同じクラスで、席が近かったことや趣味が似ていることもあって話すようになった。

「鶴見、おはよう」

 そう返すと、鶴見は満足げな顔で頷いた。

 そうかと思うと、俺が手に持っていた単語帳を見つけるなり焦ったような表情になった。

「ヤバっ……! それ今日だったの忘れてた!」

 そう言って鶴見は、急いで鞄から単語帳を取り出して勉強を始めた。

「そんなに焦ってやらなくたって、俺より全然成績いいんだから余裕じゃん?」

 俺がそう言うと、鶴見は首を横に振った。

「でも忘れてたのに気づいちゃったから、やらないと落ち着かないだろ?」

「そうだった、鶴見はそういうやつだった」

 本心からそう答える鶴見に軽く返して、自分も単語帳に目を落とした。

 鶴見のこういう真っ直ぐで裏表の無い性格が一緒にいて心地よくて友達になったんだよな、と改めて思いながら俺たちは学校までの道を並んで歩いた。


 昼休み、無事に英単語の小テストを終えた俺と鶴見は机を合わせて昼食を取っていた。

 二年に進級して一ヶ月経った五月。

 教室内はいくつかのグループが形成され、大きな島を作って昼食を取っている人達や、俺たちと同じように二、三人で固まっている人達がいた。

 そんな教室の一角、俺と鶴見は向かい合って座っている。

 鶴見は成績も良く、性格もいいやつで、顔も良い。

 神様はこいつに何でもかんでも与えすぎだと思う。

 俺が鶴見に羨ましい感を出すと、自己肯定感が低いだけで、悠斗も変わんないだろと流される。

 鶴見は他のクラスメイトに話しかけられることも多い。だがこうして俺と二人でつるんでいることが多かった。

 俺はグループの輪に入って過ごすのが苦手なので、一人でいることが多かった。

 強がりではないが、一人で過ごすのも別に苦ではないからだ。

 クラスの仲は男女共に、比較的良い方だと思うし、俺自身も過去にいじめを受けていた、現在進行形で受けているなんて事はないが、単純に一人で過ごす方が気を遣わずに過ごせて気楽なのでそうしていた。

 話始めた一年の頃、鶴見はそんな俺に気を遣って一緒に居てくれるのかと思ったが、二年になった今もこうして過ごしていることを考えると、彼も大人数でいるよりこっちの方が気が楽なのかもしれない。

 朝渡された母の作ってくれた弁当に感謝しながら、二人で昼食をとっていると、一人のクラスメイトと目が合った。

 彼女もこちらに気づいたようで視線が合っていたが、パッチリとした透き通った空色の瞳に見つめられて、俺は目を合わせていられずに顔を逸らした。

 彼女は坂城雫香さかしろしずかさん。

 ツヤのある長い髪は白に近い淡い青色で、誰もがその美しさに魅了されてしまう。

 その美貌ゆえ、この学校で彼女の事を知らない人は少ないだろう。

 そんな有名人の坂城さんだが、ただでさえ俺はクラスの女子ともあまり話さないので、彼女とは日直の担当になった時や掃除の時など、業務連絡的な会話しかしたことがない。

 彼女の内面を俺はよく知らない。

 だがその程度しか彼女との関係性が無い俺でも少し好意を抱いてしまうほど、彼女は綺麗でその振る舞いには気品がある。

 そんな誰もを魅了してしまいそうな彼女だが、今まで誰かと付き合っているという話は聞いたことがなかった。

 俺のような引っ込み思案はともかくとして、学校の一軍男子達が放っておくはずがないのだが、どうにも彼女はそういった男達のアプローチを受けても素っ気ない反応しかしないらしく現状に至るということらしい。

 それどころかクラスの女子ともいつも一緒にいる子を除くと、あまり話しているのを見ないので人と関わるのがあまり好きではないのかもしれない。

 目線が一瞬合っただけの手の届かない高嶺の花について、あれこれ思考を巡らせていると、鶴見に声をかけられていた事に気づいた。

「おい悠斗ってば、今日はバイトある?無いなら遊びに行こうぜ」

「ごめん、今日はバイト。この前シフト変わってもらったから……」

「オッケー、じゃあまた今度行こうな」

 あいにく今日はバイトが入っていて行けなかったが、鶴見とはよく共通の趣味である対戦ゲームをやりにゲームセンターへ行ったり、カラオケに遊びに行く事が多く、こうして今みたいに誘ってくれる。

 その後も鶴見とゲームの話などをしているうちに昼休みは終わった。


「じゃ、また明日!」

 帰りのホームルームが終わるなり、鶴見は俺にそう言って教室から出て行った。帰宅選手権なるものがあるとしたら、彼の右に出るものはいないだろう。

 帰宅部なのは分かってるけど、相変わらず用事のない日は帰るのが早いな……そう思って教室を見渡すと、すぐ帰るのが惜しいのか話をしている人が多い。

 鶴見なら友達も多いし、いくらでもクラスメイトと話すことがあるだろうに、あの帰宅速度を見ると俺と一緒にいる理由が少しわかった気がした。

 まだ教室に残る生徒達を横目に、同じく帰宅部の俺もバイトに向かうべく教室を後にした。

 

 

 

 

 

 


 

 

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