第二夜「廃墟プールで泳ぎ続ける犬の幽霊」

「じゃあ……第二夜の話を始めます」


 蝋燭の炎が、ゆらゆらと揺れた。誰も動いていないのに、まるで誰かの影が横切ったかのように。

 ――あれは、子供の頃、夏休みに肝試しに行った廃墟プールでのことだ。


 最初にそれを見たのは、夏休みが始まってすぐのこと。

 俺たちは地元で有名な廃墟プールに肝試しに行った。プールの水は抜かれていて、底には枯葉が積もっていた。

 友達とバカ話しながら歩いていたら、ふと視界の端に何かが映った。

 ……あれ、犬?

 プールサイドを、トコトコと走っている。

 いや、プールサイドじゃない。水がないはずのプールの中だ。

 しかも、泳いでいる。

 全身を濡らした、真っ白な犬が、クロールみたいな格好で、水もないのに泳いでいるんだ。

 その光景が、あまりに不自然で、なんだか妙に気味が悪かった。

 

 その時、ふと、不思議な匂いがしたんだ。プールの消毒液の匂いじゃない。

 もっと、こう……鉄分が強くて、ぬるっとした、生暖かい匂い。

 あれだ、小学校のプールの授業で、鼻に水が入ったときと同じ匂いだ。あのとき、鼻の奥がツーンとして、水と一緒に鉄の味がしたっけ。いやいや、待て待て。あの時の水はもっと冷たかった。こっちの匂いは、もっと重くて、血の匂いに近いような……。

 いや、話が脱線した。


 とにかく、その犬は、水もないのに必死に泳いでいる。

 俺がそろそろ帰ろうと身支度を始めた、その時だった。

 その犬が、ゆっくりとこちらを向いた。

 いや、どう表現すればいいんだ?

 犬なのに、ぬるっと動いてこっちを向いたんだ。

 犬の目が、真っ黒な空洞になっていた。

 なのに、そこからこっちを“見ている”のが分かった。

 その瞬間、耳の奥で「パシャ……パシャ……」って、水面を掻くような音が鳴り始めた。

 俺は怖くなって、その場から逃げ出した。

 

 でも、足音はずっと後ろからついてくる。

 階段を駆け下りても、校門を出ても、耳の奥の「パシャ……パシャ……」は止まらなかった。

 家に帰って布団をかぶって、やっと音は消えた――はずだった。

 けど、今もたまに夜中に聞こえるんだ。

 眠っていても、耳の奥で……ほら、今も。


 語り終えると同時に、蝋燭の炎が消えた。

 第二夜が終わった。

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