普通の百物語 ーと言うことは、そう言うことですー

五平

第一夜「焼き魚の亡霊」

「じゃあ……第一夜の話を始めます」


 蝋燭の炎が、わずかに揺れた。誰も動いていないはずなのに。

 ――あれは、学校の七不思議に紛れ込んだ、焼き魚の亡霊と関わってしまった日のことだ。


 最初にそれを見たのは、誰もいない理科室だった。

 放課後、窓の外は夕焼けで、実験台の上がオレンジ色に染まっていた。そんな中、ふと横の標本棚を見たら、七不思議の一つとして有名な『動く人体模型』の横に、ぽつんと何かがある。

 あれ、なんだ? ってよく見たら、魚の干物だった。

 …いや、干物じゃない。焼き魚だ。

 しかも、見るからに美味そうに焼けてる。皮はパリッとして、身はふっくら……。

 なんでこんなところに? まさか七不思議の新作?

 いや、それよりもこの匂いが変だ。すごく香ばしいのに、どこか生臭い。

 まるで、焦げた匂いと魚の腐った匂いが混じったような……。

 

 ああ、これ、前にバイト先の居酒屋で、うっかり焼き網に魚を置きっぱなしにしたときの匂いだ。あのとき、店長に「お前は焦げた魚と腐った魚を混ぜる天才か!」って怒鳴られたっけ。いやいや、待て待て。あの時の魚はまだ焦げ付いた焦げ魚だったけど、これはもっと……何というか、もっと有機的というか、生きているというか……。

 いや、話が脱線した。


 とにかく、その焼き魚は、見た目と匂いが矛盾していて、ひどく気持ちが悪かったんだ。

 俺がそろそろ帰ろうと身支度を始めた、その時だった。

 その焼き魚が、ゆっくりとこちらを向いた。

 いや、どう表現すればいいんだ?

 焼き魚なのに、ぬるっと動いてこっちを向いたんだ。

 焼けて焦げ付いた皮が、ギシギシと音を立てる。

 まるで、あの昔の怪獣映画に出てくる、全身が硬い鱗でできた怪獣が、首を動かすときの音みたいだ。

 頭が焦げ付いて、身がふっくらしているはずなのに、顔があった。

 いや、顔じゃない。魚の目があるはずの部分が、真っ黒な空洞になっていたんだ。

 なのに、そこからこっちを“見ている”のが分かった。

 その瞬間、耳の奥で「じゅっ……じゅっ……」って、魚が網で焼けるような音が鳴り始めた。

 俺は怖くなって、その場から逃げ出した。

 

 でも、足音はずっと後ろからついてくる。

 階段を駆け下りても、校門を出ても、耳の奥の「じゅっ……じゅっ……」は止まらなかった。

 家に帰って布団をかぶって、やっと音は消えた――はずだった。

 けど、今もたまに夜中に聞こえるんだ。

 眠っていても、耳の奥で……ほら、今も。


 語り終えると同時に、蝋燭の炎が消えた。

 第一夜が終わった。

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