第12話 控えピッチャー

 去来川進いさがわすすむがマウンドに立った。ロジンバッグをはたいている。

 去来川さんは右の軟投派といった感じで、持ち球はカーブ、スライダー、フォーク、シュート、チェンジアップ、ツーシームなど多岐にわたる。ストレートは120km/h台だが、コントロールの良さを活かして相手を翻弄していく。

 正直、去来川さんがあまりに打ち込まれるようなら夏季大会は本当にまずい。エースの池永さんの調子は未だ戻らず、他の控えピッチャーも芳しくない。冗談抜きで1年生の僕がエースナンバーを背負う可能性だってあるくらいだ。僕一本で勝てるほど甘い世界ではない。何とか、最低後1人計算できるピッチャーが欲しい。


 遊星社の一番バッターと相対する。このバッターは選球眼が良くボール球はめったに振らないし、際どいボールはカットして逃げる。塁に出るためなら隙をついてセーフティバントだってする。センバツでも打率4割と大活躍だった。データ的に言えばインコース低めの値がわずかに低い。ここにスライダーを投げられるのが嫌いらしい。

 とはいえ、データが言っていても、投げられるのはまた別の話。甘く入ったスライダーを上手く捌かれた。相手優先でバッターの苦手なコースに投げさせるのか、自分優先で得意なコースに投げ込ませるのかどちらを選択すべきか諸説わかれるところだが、僕的に言えば、いきなりインコース低めの厳しいコースを要求するのはピッチャーにとって負担が大きすぎたと感じる。誰だよ、あんなデータよこしたやつ。パソコン部、ただじゃおかない。


 二番バッターに送られ、三番バッターセカンドゴロの間にランナー進塁、四番にタイムリーが出たが、なんとか後続は断ち1失点に抑えた。2−1。試合はまだ始まったばかりである。


 ***



 去来川さんは9回を完投した。被安打8、四死球3、失点4、奪三振2。センバツ準優勝校のAチーム相手にここまでできれば文句なし。打線は三振を取りに来た高めのストレートを狙い打つなどして辻中の調子を狂わせ、4回途中4失点で引きずり下ろした。代わったピッチャーから碧海や國澤さんがホームランを浴びせ、10-4で快勝。夏に向けて弾みをつけた。

 翠川は4打数2安打1打点。盗塁阻止が1つと申し分ない活躍だったが、ピッチャーを尊重しすぎるがあまり決め球を読まれたのが敗因だろう。途中からライトの守備についていたが、そちらでも悪くない動きをしていた。


 Bチームは惨敗した。杜野が3安打と結果を残したが、杜野を誰も返すことができないくらい封じ込められた。流石に控えメンバーのデータはないので丸腰で挑んだら惨殺された感じだ。ピッチャーも、先発した白井さんは2回持たずに降板し、代わって出てきたピッチャーも全員失点した。

 入学直後に1年生対2、3年生の試合でぼこぼこにされたピッチャーの上江は、サイドスローに転向したのだが、案外抑えていた。夏はわからないが秋以降に戦力になる可能性がある。


 僕はといえば6回からレフトで出場したが、いきなりエラーをした。打球判断を間違えて頭を越された。でもグローブに触れてないので記録はヒットである。ピッチャーの上江には申し訳ないと思っている。

 試合が終わった後土屋さんに「俺がセンターの時にアレしたら。す」と言われた。目がガンギマリだったので頷くほかなかった。打席では二打席に立ってヒットは出ず。

 僕は中学に入るまではピッチャーをせずライトを守る3番バッターだったのだが、ピッチャーにドはまりした結果他をおろそかにしたせいであの時の輝きはすっかり失われている。素振りとかもう少しした方がいいかもしれない。こういう時に素振りとかいう時点でダメなのかもしれない。


 翠川と辻中の三人で談笑し、辻中と連絡先を交換し、甲子園で会う約束をしてバスに乗り込んだ。辻中にカットボールを教えてもらったのでまた今度試そうと思う。

 同じシニアのやつは、一生懸命ボールを磨いたりグラウンドにトンボをかけていた。彼はBチームの試合にも出なかった。結局一言も交わさなかった。



 ***



「××! 元気でやってるのっ?」


 ××は電話をかけた。最後に母親の声を聞いてから3カ月と少し。


「まあ、元気だよ」


 手に持つ携帯電話は震えている。寮の前でみんな素振りしている。××はそれを見ながら寮の壁にもたれかかって電話している。


「あらあ、中々連絡もせやんで。どう、遊星社は。やっぱ凄い?」

「そりゃあ凄いよ。だって、選抜準優勝だよ」


 タイブレークまでもつれ込む大接戦。センバツベストゲームにも数えられる名勝負を演じた。


「レギュラー取れそうなん?」

「……あともう少しって感じかなあ。やっぱりレベル高いわ。1年からはなかなか試合に出られんよ」


 ——嘘だ。自分に嘘をついた。


「そらそうよなあ」

「そろそろ切るわ。親父に宜しく」

「××、また電話かけなさいよ! 元気でやんなさい! 野菜しっかり取るんやで!」

「大学生じゃあるまいし……」


 電話を切った。そのまま携帯電話を握りしめる。

 本当はわかっている。俺の推薦は柚木が辞退したから舞い込んできたこと。

 監督が期待しているのは翠川ってこと。ブロッキング、統率力、リード、そしてバッティング……同じ1年生とは思えない。センバツ準優勝校のレギュラーキャッチャーを控えに回させるって……尋常じゃない。


 俺はここじゃ一番下手だ。俺の飛ばす力は一番だと、誰にも負けないと信じてきた。でも違う。ここにいる奴らはみんな俺と同等またはそれ以上のパワーを持っている。。そのうえで誰にも負けないものを持っている。


「……俺も洛中に行っとけば」


 ××の本心は暗闇に溶けて消えた。

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栄冠は我に輝く!〜天才投手が描く甲子園優勝の軌跡〜 水輝 @mizuki0923

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