多過ぎるバスのボタン

五來 小真

多過ぎるバスのボタン

 乗ったバスが、そろそろ目的地に着きそうだった。

 降車ボタンを押そうとして、ついにこの時が来てしまったかと考える。

 なにせこのバス、やたらボタンがあるのだ。

 

 ——ボタンの違いがわからん。

 音色の違いか?

 思い切って手近なボタンを押した。


『ありがとう』


 音ではなく音声だった。


『ありがとうを頂きました。——どういたしまして』


 バスの運転手は、お笑い芸人のような返しをしてきた。

 ハッとしてボタンの上を見ると、確かに『ありがとう』と書かれている。

 見た時は、『ご利用ありがとうございます』の意味ぐらいに捉えていたのだが、そのままの意味とは恐れ入る。


 ——もしかしてこれか?

 お札のマークの書かれたボタンを押す。


『チップは不要です。——ここは日本ですから』


 じゃあ作るなよ!

 お会計的な意味だと思ったものを。

 ——そうなると降りる意思を示すボタンは?


『それは違うやろ』

『それそれ!』

『はよしてくれ』

『前の車を追ってくれ』


 色々試したくなる衝動を抑えしばらくボタンとにらめっこしたが、そのまま下車を示すボタンはないようだった。

 なるほど、ここは相手方のルールに従って考える必要があるわけだ。

 運転手のノリを思い出す。

 まるで漫才のような……。


 ——そうか、これだ!


『君とはやっとられんわ』

 ボタンを押すと鳴る声。

『ほな、さいなら』

 運転手の予想通りのアナウンス。


 バスは停まり、ギリギリで乗り過ごしを回避した。

 危なかった。

 

 <了>

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