こんなんなりましたけど?

槙 秀人

episode1・近江屋事件に関わりました

第1話 最初の夢は10歳の時

 坂本龍馬の伝記を読んで、眠った夜にそれは起きた。



「ここは?」

 目を開けると、そこは見慣れない場所だった。

 辺りを見回すと、そこには驚いた表情の男女がいた。父娘のような雰囲気だが、俺の顔を見て何かに気づいたらしい。


「なんてこと……」

 娘が言う。父らしき男は眉をしかめている。


 なにをそんなに驚いているんだろう。

 俺はふと、自分が“誰”なのかを理解し始めた。


 これはーーたぶん『例の夢』だ!!



 史実の本を読んだ後、眠ると稀にその時代に“転生”したような夢を見る。

 そして、夢だと思っていたのに、起きるとその時に受けた怪我がそのまま残っている。


 最初(?)は十歳の時。


 突然鳴り響いた空襲警報に、俺は驚き目を覚ます。

 家族に急かされ外に出ると、夜空が赤々と燃え盛っていた。そして自分の名前が『陽太』だと認識した。

 十歳の陽太おれは家族と共に防空壕を目指して逃げ出した。

 遠くの空に小さく見えたB29が、次第に頭上に迫るにつれ、爆音とともに街の灯りがひとつ、またひとつと消えていく。

 焼夷弾が降りそそぐ中、人々は必死に走った。


「早く、陽太!防空壕はもうすぐだ!」

 父の声に急かされながら、陽太おれは震える足で懸命に走った。

 しかし、小さな体は火の手と混乱の中で思うように動かない。

 道のくぼみに足を取られ、陽太おれは地面に倒れ込んだ。


「いたっ……!」

 擦りむいた膝がひりひりと痛み、頬に涙が伝う。恐怖と痛みに包まれたおれは、その場で声を上げて泣きわめいた。

 耳をつんざく爆音も、その泣き声をかき消すことはできない。煙と熱に包まれた夜の街で、おれの叫びはひときわ切実だった。


「陽太!しっかり!」

 大人の男性が駆け寄り、何も言わずに陽太おれを背負った。その背中は汗で濡れていたが、安心の温もりがあった。

 陽太おれはその背に顔を埋めながら、しゃくりあげて泣き続けた。


 防空壕の入り口がようやく見えた。

 人々がぎゅうぎゅうに押し寄せる中、大人はおれを守るようにして中へ入り、なんとかスペースを確保した。

 中に入ると、周囲の人々の安堵と疲労の息づかいが満ちていた。


 陽太おれは膝の痛みよりも、あの熱と爆音の世界から逃げ延びた安堵感で心がいっぱいだった。

 誰かが静かに水を差し出してくれた。それを飲みながら、陽太おれは震える声で「こわかった…」とつぶやいた。


 その夜、防空壕の中で陽太おれは眠りについた。

 世界が燃え上がる音を背にしながらも、おれの中には、背中に感じた命のぬくもりと、人の優しさが残っていた。


 翌朝俺は目を覚ます。夢だと思っていたが起きた時、夢と同じ場所に同じ怪我を負っていた。

 寝ていて擦りむいた感じではない。明らかに地面にあたって出来たモノだ。


 それでも、俺はそれが夢だと思っていた。いや、そう思い込もうとしていたのかも知れない。


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