主観で読む戦国
海林
落日の剣豪 / 細川藤孝の視点
今にして思えば、あの方は、嵐のような人だった。いや、嵐そのものだったと言うべきか。俺、
世間じゃあの方を「
俺たちの時代の将軍なんてのは、お飾りみたいなもんだ。京の都で公家どもと歌を詠み、茶をすすり、季節の移ろいを愛でていればそれでいい。いや、むしろ、そうであってくれなければ困る。実権は
「将軍は武家の
口癖のようにそうおっしゃっては、今日も今日とて刀剣の手入れに余念がない。
ある日のことだ。関東から
「
その数年後には、今度は
「見たか、
そう言って笑う横顔は、どこまでも無邪気だった。だが、俺には分かっていた。あの方の笑顔の裏にある、深い焦りと孤独が。
時代は、我々を待ってはくれなかった。大樹のように幕府を支えていた(と同時に、幕府をないがしろにしていた)
あの方も、それを感じておられたのだろう。木刀を振るう音は、夜更けまで止むことがなくなった。それはまるで、近づきつつある破滅の足音をかき消そうとするかのようだった。
「
ある夜、月明かりの下で二人で酒を酌み交わしていると、ぽつりとそう言われた。俺は言葉に詰まった。
「何を
「はは、そうか。そうだといいがな」
あの方は力なく笑うと、杯に残った酒をぐいと飲み干した。その瞳の奥に宿る光は、覚悟を決めた者のそれだった。俺は、この破天荒で、手のかかる主君を、どうしようもなく好ましく思っている自分に気づかされた。そして、この人に最後まで付き合うのが、俺の
その日、俺は所用で
俺が息を切らして駆けつけた時、
「将軍様は! 将軍様はご無事か!」
俺は、
「将軍様は……将軍様は、今も中で……」
その
敵が
「武家の
そう言い放つと、まず
一人斬り、二人斬り、
「将軍様は、まるで笑っておられるかのようでした。本当に、楽しそうに……」
あんたって人は、最後まであんただったんだな。
将軍の権威が地に落ちたこの乱世で、あんたはただ一振り、己の剣の腕と誇りだけで「将軍」であろうとした。その最後の晴れ舞台だ。楽しくないわけがない。
だが、物語は、いつか終わりを迎える。
いかに剣の達人であろうと、しょせんは
胸に槍を受け、頭に矢を射られ、顔に
まったく、ひどい話だ。
あんたが生涯をかけて磨き上げた「
俺は燃え盛る
悲しんでいる暇はない。あの方との約束がある。
俺はすぐさま
将軍様のせいで、俺の人生はとことん面倒なことになった。
これから先、この
だが、不思議と後悔はなかった。むしろ、胸の奥で静かな炎が燃えているのを感じていた。
見ていてくだされ、
あんたがその身を賭して見せつけた、将軍の意地と誇り。そのあまりにも重く、そして眩しい「呪い」を、この
あんたが夢見た、強くあるべき幕府というやつを、この手で、もう一度この世に創り上げてみせる。
まあ、あちらの新しい将軍様も、なかなかに一筋縄ではいかない
俺の苦労は、どうやらまだまだ終わりそうにない。まったく、人使いの荒い主君を持ったものだ。空の上のあんたは、きっとそれを見て笑っているんだろうな。ちくしょうめ。
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