封印された記憶
千日 匠
第1章 招待状
十月の終わりの夕暮れ時、田中雄一は自分のデスクで一通の封筒を手にしていた。差出人の名前を見た瞬間、彼の心臓が一つ大きく跳ね上がった。
吉田真理子。
十五年ぶりに目にするその名前は、雄一の記憶の奥底に眠っていた様々な感情を一気に呼び覚ました。高校時代の級長だった彼女からの手紙。封筒の手触りからして、きっと中身は同窓会の案内に違いない。
雄一は封筒をデスクの上に置いたまま、しばらくじっと見つめていた。新聞社の夕刊編集部は慌ただしい時間帯を迎えており、周囲では記者たちが忙しく立ち回っている。しかし雄一にとって、今この瞬間、世界はこの小さな封筒を中心に回っているかのようだった。
開けるべきか、それとも——。
雄一の脳裏に、あの日の記憶が鮮明に蘇った。桜丘高校三年B組の教室。窓際の席に座っていた佐藤美香の、いつも俯き加減だった横顔。そして、彼女が姿を消した翌日の朝、担任の森川先生が震え声で告げた訃報。
「佐藤さんが……昨夜、川に飛び込んで亡くなりました」
あれから十五年。雄一は記者として数々の事件を取材し、人の死に接してきた。しかし、美香の死だけは違った。それは彼の心の奥底に、消えることのない棘のように刺さり続けていた。
なぜなら、雄一は知っていたからだ。美香が自殺する本当の理由を。そして、自分がその死を防げたかもしれないということを。
「田中さん、原稿の確認お願いします」
後輩記者の声に現実に引き戻された雄一は、慌てて封筒をジャケットの内ポケットに滑り込ませた。今は仕事に集中しなければならない。しかし、胸のあたりで封筒が発する重みは、まるで心臓の鼓動を妨げるようだった。
その夜、一人暮らしのマンションに帰った雄一は、ようやく封筒を開いた。予想通り、それは同窓会の案内状だった。しかし、その内容は雄一の想像を遥かに超えていた。
『桜丘高校三年B組 最後の同窓会のご案内
拝啓 皆様におかれましては益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。
さて、この度、我が母校桜丘高校が来年三月をもって閉校となることが決定いたしました。それに伴い、校舎も取り壊される予定です。
つきましては、思い出深い校舎での「最後の同窓会」を下記の通り開催いたします。
日時:十一月十五日(土)午後二時より
場所:旧桜丘高校校舎(現在は使用されておりません)
会費:一人五千円(弁当・飲み物代含む)
なお、当日は皆様と一緒にタイムカプセルの発掘も行う予定です。十五年前、私たちが卒業記念として校庭に埋めたあのタイムカプセルを、ついに開けることができます。
ご多忙中とは存じますが、ぜひご参加ください。
なお、参加の可否を十一月十日までにご連絡いただければ幸いです。
敬具
桜丘高校三年B組同窓会実行委員
吉田真理子(旧姓:山田)』
雄一の手が微かに震えた。タイムカプセル。そんなものを埋めた記憶など、もうほとんど残っていない。しかし、それよりも気になることがあった。
案内状には、確か八人のクラスメートの名前が記されているはずだ。雄一は参加予定者の名前を一つずつ確認していった。
山田健太郎、高橋誠一、佐々木香織、鈴木美奈子、そして吉田真理子と自分。それに加えて、担任だった森川先生の名前もある。
しかし、一つ足りない。いや、正確には一つ多い。
佐藤美香の名前がないのは当然だった。彼女は十五年前に死んでいる。だが、もう一人、案内状に名前のない人物がいた。
西村俊介。
高校時代、美香をいじめていた中心人物の一人。雄一は彼の名前が案内状にないことに、ある種の安堵を感じた。同時に、疑問も湧いてきた。なぜ西村は招待されていないのか。それとも、既に断りの返事をしたのか。
雄一は机の引き出しから手帳を取り出し、十一月十五日のページを開いた。幸い、その日は土曜日で、特に予定は入っていない。
参加するかどうか、まだ決めかねていた。美香の死について、雄一は長い間沈黙を守り続けてきた。それは彼女の名誉を守るためでもあったし、同時に自分自身の保身でもあった。記者として活動する今、過去の秘密が表沙汰になることは、キャリアに大きな影響を与えかねない。
しかし、心の奥底で、雄一は真実を明かしたいと願っていた。美香の本当の死因を。そして、彼女を死に追いやった真の犯人を。
雄一は案内状をもう一度読み返した。「最後の同窓会」という文字が、なぜか不吉に思えた。まるで、これが本当に最後になるような予感がして。
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