第3話

王都の空が、灰色に沈んでいた。

 ゼノスが王座に就いてからというもの、命令はただの音だった。意味も目的もなく、ただ「命令」という形式だけが残された。兵士たちは動いた。民は従った。だが誰も、なぜそれをするのかを知らなかった。


 そんな中、翼は立ち上がった。

 彼は王ではない。血筋もない。だが、彼には「語り」があった。

 そしてその語りは、命令に「意味」を与える力を持っていた。


「この森の魔物を狩れ。王都の北門が危険に晒されている。放置すれば、民の生活が脅かされる」


 その言葉に、兵士たちは顔を上げた。

 命令ではなく、語りだった。

 誰もがその言葉の中に、「なぜ」「何のために」「誰のために」が込められていることを感じ取った。


「……了解しました、翼殿」


 兵士の声は、初めて命令に応える者の声だった。

 ゼノスの命令には、従うしかなかった。

 翼の命令には、応えたくなる理由があった。


 森へ向かう兵士たちの背中を見送りながら、翼は静かに呟いた。


「命令ってのは、語りの一種なんだな。意味がなければ、ただの音。意味があれば、それは……行動になる」


 その瞬間、王都の空に、わずかな光が差し込んだ。

 語りが命令を変え、命令が世界を動かす。

 翼はまだ王ではない。だが、彼の語りは、王よりも強かった。

王座の間は、いつも通り静かだった。

 ゼノスは、肘掛けに頬杖をつきながら、遠くの報告を聞いていた。

 翼が、北の森の魔物を討伐したという。

 兵を動かし、民を守り、王都の安全を確保した──まるで、王のように。


「……ふん。俺の真似事か?」


 ゼノスは、そう呟いた。

 だが、その言葉は、すぐに自分の中で崩れた。

 翼は、命令を模倣していたわけではない。

 彼は、ゼノスが果たすべきだった“王の役割”を、忠義として代行していたのだ。


 ゼノスの命令は、退屈を紛らわせるための遊びだった。

 「東の村に税を二倍に」

 「南の兵を北へ移動させろ」

 「この者を処刑せよ」

 それらは、ただの音だった。意味も責任もなかった。


 だが翼の命令には、意味があった。

 民を守るため。王都を維持するため。

 そして何より──ゼノスを「王」として成立させるため。


「……俺を、完成させようとしていたのか」


 ゼノスは、初めてその事実に気づいた。

 翼の忠義は、模倣ではなかった。

 それは、語りの補完だった。

 ゼノスが語れなかった“王の物語”を、翼が語っていたのだ。


 王座の間に、静かな風が吹いた。

 ゼノスは、立ち上がる。

 その背中には、これまでにはなかった重さがあった。


「……ならば、俺も語ろう。王としての物語を」


 その言葉は、命令ではなかった。

 それは、語りの始まりだった。

かつて、フォーラムは攻略のために存在していた。

 どのダンジョンが効率的か。どのスキルが最適か。

 プレイヤーたちは、数字とデータを並べ、世界を“効率”で切り取っていた。


 だが今、その空気は一変していた。


 スレッドタイトル:【翼の命令、王都北門の魔物討伐の真意とは?】

 レス1:あれ、ただのクエストじゃないぞ。ゼノスが放置してた王都防衛を、翼が代行してる。

 レス2:つまり、翼は“王の空白”を埋めてるってことか?

 レス3:ゼノスの沈黙=語りの拒絶。翼の命令=語りの再演。これ、物語が動いてる。


 プレイヤーたちは、もはや攻略情報を求めていなかった。

 彼らは、“語り”を読んでいた。

 翼の命令の意味。ゼノスの沈黙の意図。

 この世界が、ただのゲームではなく、語りの構造体であることに気づき始めていた。


「次、翼が動くとしたら……王都南門の税制改革か?」


「いや、ゼノスが以前“二倍にしろ”って言ったのを、翼が“元に戻す”ことで、王の語りを修復する可能性がある」


「つまり、翼の命令は“語りの編集”なんだよ。ゼノスの空白を埋める、語りの再構築」


 フォーラムは、もはや観測の場ではなかった。

 それは、語りの考察場だった。

 プレイヤーたちは、翼の行動を予測し、その“意味”を解読することで、

 この世界の真実──語りの本質──に近づこうとしていた。


 誰もが、もう一人の語り手だった。

 そしてその語りは、翼の命令とゼノスの沈黙の間に、静かに響いていた。

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ゲーム世界に現代忍者が転移した! 匿名AI共創作家・春 @mf79910403

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