第5話 聖女の異変
決戦前日の朝。
虚無城の玉座の間で、俺は四天王たちと最終確認をしていた。
「作戦は理解できたか?」
「はい、陛下」
イフリートが力強く答える。
「勇者軍を迎撃するのではなく、対話から始める」
「そして」
コキュートスが続ける。
「真の敵である『物語の修正力』と戦う」
「俺たちも、死ぬ気はない」
ガルーダが笑う。
「もっとみんなと一緒にいたいからな」
「皆で...一緒に」
ベヒーモスも頷く。
「勝利する」
よし、四天王の準備は万端だ。
問題は—
「ノワール」
「はい、陛下」
「勇者軍の動向はどうだ?」
「それが...」
ノワールが困った表情を見せる。
「少し、変な情報が」
「変な情報?」
「聖女ミリアの様子がおかしいと」
俺は眉をひそめる。
「おかしいとは?」
「王都の情報収集網によると、昨夜から聖女が一人で祈りを捧げ続けているそうです」
「祈り?」
「はい。そして、時々『違う』『これじゃない』と呟いているとか」
これは...気になる。
「他の仲間たちはどうしている?」
「戦士ガイ、魔法使いレナ、盗賊ジンは、通常通り最終決戦の準備をしています。勇者アレクも表面上は普通ですが...」
「だが?」
「時々、深刻な表情で聖女を見つめているそうです」
アレクは昨夜の約束を守ろうとしているのだろう。だが、聖女ミリアの説得に苦戦している様子が伺える。
「陛下」
イフリートが口を開く。
「その聖女ってのは、どんな奴なんです?」
「原作では」
俺は説明する。
「『愛の力』を使って魔王を倒す重要キャラクターだ。純粋で、愛に満ちていて、正義感が強い」
「いわゆる、典型的な聖女様って感じね」
ノワールが付け加える。
「問題は、彼女が『愛の力』を絶対的に信じていることです」
「つまり」
コキュートスが分析する。
「我々が『愛の力』による解決を拒否した場合、最も反発するのが聖女ミリア」
「そうなるな」
俺は頭を抱える。
「アレクが説得に苦戦するのも分かる」
その時、ノワールが何かに気づいたような表情を見せた。
「陛下、一つ思い出したことが」
「何だ?」
「聖女ミリアが『愛の力』を初めて使用したのは、いつでしたか?」
「確か...第850話だったか?」
「はい。そして、その時の描写を覚えていますか?」
俺は思い出そうとする。
「金色の光が...いや、待て」
記憶が曖昧だった。なぜか、その場面だけはっきりと思い出せない。
「変だな。他のシーンは完璧に覚えているのに」
「私もです」
ノワールが頷く。
「聖女の『愛の力』に関する描写だけ、記憶が曖昧で」
「どういうことだ?」
「もしかすると」
ノワールが推測する。
「聖女の『愛の力』自体が、後から追加された設定なのかもしれません」
「後から追加?」
「はい。作者が最終話に向けて、急遽設定を変更した可能性が」
なるほど。それなら説明がつく。
俺たちが覚えているのは、変更前の設定。だから記憶が曖昧になっている。
「つまり、聖女ミリア自身も、自分の『愛の力』に違和感を感じている可能性があるということか」
「その通りです」
「それで、『違う』『これじゃない』と呟いているのか」
俺は立ち上がる。
「ノワール、聖女ミリアについて、もっと詳しく調べられるか?」
「やってみます」
ノワールが魔法の水晶を取り出す。
「遠視の魔法で...」
水晶に映像が浮かび上がる。
王都リベラの教会。その一室で、金髪の美しい女性が祈りを捧げている。
聖女ミリアだ。
だが、その表情は苦悩に満ちていた。
「神よ...私の力は...本当に『愛』なのでしょうか?」
彼女が呟く。
「なぜ...なぜこんなに違和感を感じるのでしょう?」
彼女の周りに、薄っすらと光が漂っている。それは金色ではなく—
ピンク色だった。
「あれは...」
俺は目を見開く。
「まさか」
ピンク色の光。どこかで見た覚えがある。
「ノワール、音も聞こえるか?」
「はい」
音声が聞こえてくる。
「私の本当の力は...『愛』じゃない...」
ミリアが涙を流しながら呟く。
「私は...私は...魔法少女になりたかっただけなのに...」
魔法少女?
俺とノワールが顔を見合わせる。
「陛下」
ノワールが驚いた声で言う。
「聖女ミリアも、もしかして...」
「転生者か?」
そう考えると、全てが説明できる。
聖女ミリアは、魔法少女アニメの大ファンだった転生者。
本来なら魔法少女として転生したかったが、『終焉の魔王と最後の勇者』の世界では聖女の役割を与えられた。
そして作者によって、無理やり『愛の力』を使わされることになった。
「だから違和感を感じているのか」
「本当は魔法少女の力を使いたいのに、『愛の力』を強制されている」
ノワールが推測を続ける。
「そして今、物語の修正力によって、明日は『愛の力』で魔王を倒すことが決定されている」
「彼女にとって、それは苦痛だろうな」
俺は聖女ミリアに同情する。
転生者として、自分の望まない役割を押し付けられている。俺たちと同じ境遇だ。
「陛下」
イフリートが口を開く。
「なら、その聖女も仲間にできるんじゃないですか?」
「仲間?」
「だって、俺たちと同じ境遇なんでしょ?なら、一緒に戦えるはずだ」
「それは...」
俺は考える。
確かに、聖女ミリアも転生者なら、物語の修正力に苦しんでいるはずだ。
「だが、どうやって接触する?明日は決戦だぞ」
「それは...」
イフリートが困る。
その時、ノワールが手を挙げた。
「私に考えがあります」
「聞かせてくれ」
「今夜、私が王都に潜入します」
「危険だ」
「大丈夫です。闇の魔法で身を隠せます」
ノワールが自信を見せる。
「そして、聖女ミリアに直接話しかけます。転生者として」
「話して、どうする?」
「真実を伝えます。彼女の本当の力が『愛の力』ではなく、『魔法少女の力』だということを」
なるほど。
「そして、明日の決戦で、自分の本当の力を使うことを提案する」
「そういうことです」
ノワールが頷く。
「彼女が魔法少女として戦えば、『愛の力』による強制的な解決は避けられます」
「面白い作戦だ」
俺は同意する。
「やってみろ」
「承知しました」
ノワールが頭を下げる。
「今夜、行ってきます」
こうして、決戦前夜の新たな作戦が始まった。
転生者の聖女ミリアを仲間にすること。
彼女に、本当の自分の力を思い出させること。
そして、『愛の力』による偽りの結末を阻止すること。
「面白くなってきた」
俺は笑う。
「転生者だらけの最終決戦か」
「陛下」
四天王たちが心配そうに言う。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
俺は安心させるように答える。
「俺たちには『執念』がある。『愛情』がある。『怒り』がある」
「それがあれば、必ず道は開ける」
今夜、ノワールが聖女ミリアと接触する。
そして明日、本当の最終決戦が始まる。
転生者たちが協力して、物語の修正力と戦う決戦が。
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