第10話 エル、帝国王家へ
王宮を出発したエレナは、ドレッドの配下の護衛の兵士数十人とマークと共に、二週間ほど馬車に乗ってイザベラの家へと向かった。
日が落ちた頃にようやく到着し、エレナ女王は馬車の中から姿を現す。
マークは、剣の先端に緑の魔方陣を展開し、そこから炎を生み出して、松明にした。その光を頼りに、エレナは足下に注意をしながら馬車を降りる。
「よいしょっと」
イザベラの住む豪邸を目にし、エレナは目を丸くする。
「え、何これ……本当に家?」
なんやかんや、王宮では自分の寝室の外が常に仕事場であるエレナにとって、王宮は確かに広くとも、自分の家という感覚では無かった。そのため、貴族の住む広大な家を見るのは初めてだった。
「こんな広い家に、たった二人で住んでるの?」
イザベラには、グリド・エル・ユーシアが唯一遺した一人息子が存在する。
名前は、パウル・エル・ユーシア。まだたったの6才だが、4才の時に父親を失って以来、ずっと塞ぎ込んでいる。
「いえ、流石にこの豪邸の管理などを行うものを数十人雇い、この家に住まわせているようです」
「数十人って、数百人は住めそうだけど……(庭なんて広すぎて終わりが見えないし)」
エレナが辺りをキョロキョロ見回していると、突如ズガガガっという音が辺りに鳴り響いた。下面に描かれた三角形の頂点に、勝利を示すグラジオラスの花が描かれた家紋を中心に添えた、巨大な鉄格子の扉が開かれる。
「私当家の管理をしております、スミス・オルダーと申します。当主、イザベラ様がお待ちです。どうぞ、中へお入りください。」
扉が開くと、ぴっちりとしたレオタードに身を包んだ白髪の男。スミスが現れ、エレナ達を出迎えた。マークはその男を冷たい目で睨み付け、威圧するように言う。
「元王妃とは言え、一貴族のイザベラ様本人の出迎えがないとはどういうことだ。ここにいらっしゃるのは、ユーシア王国現女王、エレナ・ユーシア様だぞ!」
「いや、マークちょっと」
エレナがマークを止めようとすると、ドレッドはエレナの手を掴んでいった。
「失礼いたします陛下。これは貴族と女王様の立場の違いを示すためにも、必要なことなのです」
エレナは、心配そうにマークの方を見つめる。
するとスミスはマークの言葉に一切動揺を見せず、その場で潔く跪く。
「誠に申し訳ありません。女王様を我が当主が出迎えぬことが出来ぬ無礼、どうかお許しを。当家も、まさか陛下が直々にこの家にやってくるとは思っておらず、対応が遅れております」
「エレナ様が当家に行くという通達は、八日前には届いているハズだが?」
「……」
スミスはその場で深く俯き、一瞬言葉を詰まらせる。
「何か言いにくいことでもおありなのですか?」
ドレッドがスミスに尋ねる。
「誠に恥ずかしながら、貴族の家に女王様が来るという事態は、帝国時代王宮に使えていた私にも聞いたことがなく。一体どのような対応をすれば良いのか、考えあぐねておりました」
スミスはゆっくりと立ち上がると、扉の遙か向こうにある巨大な手宅の方に手を差し出していった。
「故に、様々な場所から一流料理人と食材を集め、陛下をおもてなしをする。それこそが、イザベラ様の考えた、陛下へのお出迎えの仕方でございます」
この広大なユーシア王国の領地の中で、一流の料理人を集めることは並大抵のことではない。更に、只でさえ魔力の乱れで作物が育ちにくいこの国の状況で、一流の食材を集めることは更に困難。それを、エレナが到着するまでの9日程で全てを整えた。
マークはそれらを考慮し、出迎えなかったイザベラの件を不問にする。
「良いだろう、そちらの誠意は伝わった。我々を案内しろ」
「感謝いたします。ではこちらへ」
スミスが案内を始め、エレナとマーク、ドレッドは彼の後ろを歩こうとした。
途中、後ろの兵士達も二人に続こうとしたので、ドレッドが彼らにその場にいるよう命じる。
「お前達はここまでで良い、交渉しに行くのだからな。武器を持った兵士が大勢入ったら、向こうにも失礼だろう。お前達は、本当に万が一の時に動いてくれ」
「しかし、大丈夫でしょうか。最近、イザベラ様の良くない噂も流れておりますし」
心配そうに言う兵士の声を聞いていたスミスは、歩みを止めていった。
「護衛の兵士の方も是非いらしてください……皆様にも、もてなす準備は出来ております」
護衛の数十人の兵士達は顔を見合わせ戸惑う。
「本当に、よろしいのですか?」
ドレッドがスミスに問う。
「はい、こちらが交渉に対して、武力を行使することはないという意思表示にもなりますので」
淡々とスミスが答えると、ドレッドは兵士達についてこいとサインを出す。
静かに頷く兵士達。
「では、参ります」
再びスミスが歩き出すと、数十人の兵士を引き連れた女王一行は彼の後ろをついて行った。
あの鉄格子の扉から邸宅の扉へは、ずっと一本道だったのだが、その道の両側にはどこまでも続くグラジオラスの花畑が続いていた。
エレナが上を見上げると、そんなグラジオラスの花で出来たアーチが邸宅の方まで続いている。
しばらくあるくと、徐々に350m程の横幅のある巨大な階段が現れた。
エレナ達がその階段を上っていくと、登った先には8対の兵士の銅像が置かれていた。
「……はあ、はあ」
幸い階段の段数はそこまで多くなかったが、ここにくるまでおよそ30分ほど歩いたため、王宮に来て運動不足だったエレナの息切れはかなり激しかった。
「この階段を上った先が、イザベラ様のおわす邸宅でございます」
スミスがそういったとき、マークはエレナの様子に気づいた。
「エレナ様、大丈夫ですか?」
マークはエレナの威厳を落とさないよう、こっそりと耳打ちする。
「だ、大丈夫……ぜん、ぜん」
マークは、ドレッドに頼んでエレナに身体強化の魔法をこっそりかけてもらおうかと考えた。だが、村に行ったリオスの仕事を自分にやらせたり、他にも自分の仕事を、エレナにいつも大量に増やされていることを思い出す。
「どうされましたか?」
スミスが異変を感じて立ち止まったが、マークは「いえ、何もありません」と返答する。
エレナはそれに対して何も言わなかったが、マークをじとーっと睨み付けていた。
だが、自分のドレスを後ろから持ち上げてくれている兵士達を見ると、皆防具に身を包んでいるにもかかわらず顔色一つ変えていない。
「(言えない……少し休みたいだなんて)」
エレナは、死ぬ気で階段を上りきった。
「……つ、れた」
小さな声でそう呟いた時。
「ようこそ、おいでくださいました……、女王陛下」
鈴のような美しく、凜とした女性の声が響く。
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