第2話「星を見つける転校生」

午後の授業が始まる少し前。

静まり返った教室の空気を破るように、扉がゆっくり開いた。

そこに立っていたのは、黒に近い紺色のロングコートを羽織った少女。胸元には小さな星のペンダントが揺れている。

肩までの黒髪はさらりと揺れ、右目には銀色のモノクルがかけられていた。

彼女は静かに教室に足を踏み入れ、その瞳は一瞬、教室全体を見渡すようにゆっくりと動いた。

そして、ゆっくりと口を開いた。


「望遠時雨です……よろしくお願いします」


淡々とした声。けれど耳に残る澄んだ響きが、どこか不思議な印象を与える。

時雨は教壇に近づくことなく、一礼してからそのまま教室の隅へ向かう。窓際の一番後ろの席。

机に鞄を置くと、教科書もノートも取り出さず、ただじっと窓の外を見つめていた。


外は、まだ昼の光が降り注ぐ空。

けれど、時雨の視線は、そのさらに奥――見えない夜空を探しているかのようだった。


「…今夜は、星がよく見える」

ぽつりと零された言葉は、誰に向けられたものでもないようだったが、なぜかその声は私の耳にだけ届いたような気がした。

その言葉の余韻が教室に漂い、静かな空気をさらに深く、少し不思議なものに変えた。


「ねぇ、あの子…変わってない?」

隣の席のひかりが、私の肘をつつく。

「うん…なんか、ふつうの転校生じゃない感じ」

声をひそめて答えたけれど、時雨はこっちを見たわけでもないのに、ほんの少しだけ口角を上げた。


その瞬間、ひかりと私は目が合った。お互いに、彼女についてもっと知りたくなる感覚があった。

ひかりの目には、少しの好奇心とともに、疑問の色が浮かんでいた。


チャイムが鳴り、授業が始まる。

でも、時雨はノートを開く代わりに、小さな革の手帳を取り出し、何やら細いペンで書きつけていた。

その手帳の表紙には、銀色の大きな時計の絵が描かれていた。針は十二時を指したまま、止まっている。


その時計の針が止まっていることに、私は強烈に引き寄せられた。

その瞬間、まるで時雨の手帳がこの教室の時間を止めてしまったかのような錯覚を覚えた。


――この時、私たちはまだ知らなかった。

彼女が、この物語を大きく動かす存在になることを。

そして、あの手帳が、すべての始まりだったことを。………




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