落ち武者

正体不明の素人物書き

村に現れる不吉な黒い影。その正体は・・・

 ある夏の日。

 通っている高校では今日が終業式であり、明日から夏休みということもあって何をしようかとわいわい騒いでいる。

 入学して2年目の俺は、いつか祖父母が住んでいる田舎に行くと決めているため、渡された宿題をさっさと済ませてしまおうという軽い計画を立てた。


 夏休みに入って1週間ほどしたころ・・・。

「ふぅ・・・やっと終わった・・・」

 下宿している学生寮で、山ほど(?)あった宿題を根性で全部終わらせた。

 答えが合ってるか不明なのは余談だ。


 翌日。

 電車を何本か乗り継ぎながら、3時間ほどかけて祖父母が住む田舎に着く。

 俺の生まれ故郷でもあるが、高校進学と同時にこの地を離れた。

(父親は単身赴任で、母親もついていった)

 正月に一度帰ってきたきりだが、その頃とあまり変わりないように感じる。

 だが、駅を出てから妙な違和感があったのも事実だった。

 確か、いつもならこの時期は・・・。


 途中で、視界の隅に黒い影のようなものが一瞬だけど見えた気がした。

(何だ・・・?)


「祖父ちゃん! 祖母ちゃん! 帰ってきたぞー!」

 1軒の家に着き、開いてる玄関から奥に向かって叫ぶように言う。

「おぉ、よく帰ってきたねぇ」

 祖母が仏間から顔を出して嬉しそうに言う。が、祖父の姿がない。

「あれ? 祖父ちゃんは?」

「近所のじぃばぁと井戸端会議やっとるよ」

 この田舎の真ん中あたりには古井戸があり、みんなその井戸を囲んでいろいろやっている。

「ただいまー! あ、お兄ちゃん帰ってきたんだ!」

 明るい声で縁側から姿を見せたのは、中学3年の妹・由梨ゆりだった。

「おかえり。しばらくはここにいるつもりだ」

「そうなんだ。私、宿題するね」

 そう言って自分の部屋に入っていく。

 相変わらず元気で安心したが、表情に薄い影を感じた。

(一体どうしたんだ・・・?)


 居間に荷物を置き、冷たい麦茶を飲んで一息つく。

 毎年この時期は少し離れたところにある山からセミの鳴き声がうるさいぐらい聞こえてくる。

 今年も例外はなかったのだが・・・。

「祖母ちゃん、俺が離れてる間に何かあったの?」

 どうにも気になり、縁側で座っている祖母の隣に座って聞いた。

「どういうことじゃ?」

 祖母は本当に何のことか?という表情で振り向きながら聞いてきた。

「毎年この時期、近くの神社で行われる祭りで村中が賑やかになるはずだ。でも今はそれがない」

「そうじゃったな…実は今年の祭りは、なしになりそうなのじゃ」

 祖母は少し落ち込みながら言う。

「どうして!?」

 聞けば今年の春ごろから、祭りが行われる神社で、夜になると落ち武者が不気味に笑いながら現れるようになったそうだ。

「実際に見た者が何人かおって、山の神の祟りだと騒ぎだして、ついには祭りは中止にしようという話にまで持ち上がったのじゃ」

 そんなことが・・・まさか、帰ってくる途中で見た気がする黒い影は・・・。

「俺、神社に行ってくる」

 そう言って立ち上がり、家を出る。

「気を付けてな」

 祖母はそう言って見送ってくれた。



 家を出て数分後に例の神社の前に着く。

 周りを見るが、特に怪しいものはないように見えたが、森林の中に黒い影のようなものが一瞬だけ見えた感じがした。

(また…本当に何なんだ?)

 神社に入り、誰もいないとでもいうかのような雰囲気を思わせる境内が見えてくる。

 祭りが近いのに、屋台の準備などがされてない。

 祖母が言った通り、今年はやらないのか・・・と考えたときだった。

「あれ? お兄さん?」

 俺に声をかけてきたのは、同い年の幼馴染・しずくの妹である美緒みおだ。

 小さいころからいつも一緒にいて、気が付いたら俺のことを「お兄さん」と呼ぶようになった。

 ちなみに由梨と同い年であり、二人は仲がいい。

「久しぶりだな。元気してたか?」

「元気、と言いたいけど、この有様ではねぇ…」

 と少し落ち込んだ顔で言う。

「祖母ちゃんから聞いた。落ち武者が毎晩現れるようになったって」

「そうなの。それでお姉ちゃんが恐怖で引きこもっちゃって…」

 雫が・・・

「お姉ちゃんに会ってくれる? 布団から出るのも怖がっちゃって…」

「会うだけ会ってみる」

 このままにはしておけないと強く思った。


 美緒に案内されて、雫の部屋の前に来る。

「雫、俺がわかるか?」

 ドアをノックしながら聞くと、何かがごそごそと動く音がした。

 それから少しして、扉がゆっくりと開く。

「あ、隆太りゅうた…」

 ぼさぼさの髪で、上下ともジャージだった。

「落ち武者のこと、祖母ちゃんから聞いた。何か知ってるのか?」

「そ、それが…」

 雫は震えながら事情を話してくれた。

 今年の春ごろにある男に告白され、それを断ったが、その数日後の夜から神社に落ち武者が現れるようになったらしい。

 聞いたとき、まるでストーカーだなと思った。

「この前落ち武者が去ったあとにポストを見たら、こんな手紙が入ってたの」

 震える声で言いながら、自分の机の引き出しから触るのも怖い仕草で見せてきた。



 今年の夏祭りの前までに、長女を我が生贄に差し出せ

 さもなくば、この神社は跡形もなくなるぞ



 こんな内容が血文字で書かれていた。

「これは、確かに怖いな…」

 何気なく、手紙のにおいをかいだとき、インクの臭いに呆れたが、同時に違うにおいも何かわからないが感じた。

(でもこの臭い、どこかで嗅いだことがある・・・?)


 雫と美緒の父親である宮司とも話し合い、落ち武者撃退作戦を練り、明日の夜やることにした。



 だが、その日の夜・・・。



 誰もいない神社の境内に、ガシャ…ガシャ…という音が聞こえる。

 その境内の真ん中には、一人の巫女が落ち武者に背を向けて立っていた。

 <ふっふっふ。観念したみたいだな>

 落ち武者は不気味に笑い、巫女に後ろから足音を立てて近づく。

 巫女は頭に白い布をかぶってまったく動かなかった。

 <さぁ、予告通り、我が生贄になってもらうぞ>

 言いながら、巫女の肩をつかんで振り向かせたが、

 <う、うぅわぁああああ!!!>

 巫女の頭の布をとって顔を見たとき、驚いて後ずさった。

 なぜなら、巫女は般若の面をかぶっていたからだ。

 <ひぃいいいい!!>

 巫女は無言でゆっくりと歩み寄り、落ち武者は慌てながら逃げるようにその場を去った。

(明日もまたやってくるだろうな・・・)

 こうなりそうなことを予想して、俺は一人で神社に残り、雫の巫女服と般若の面を借りたのだ。

(だけど、どこかで・・・?)

 変に思いながらも、この日はこれで終わった。


 翌日の夜。

 懲りずにまたやってくるだろうと思っていたが、それが大当たりだった。

 落ち武者はまたも、ガシャ…ガシャ…と音を立てて神社に来たのだ。

 <ひとーつ! 人の世の生き血をすすり!>

 不気味でしかも境内に響き渡るほどの大きい声で言いながら境内にやってくるが、このセリフは・・・

 <ふたーつ! 不埒ふらちな悪行三昧!>

 間違いない。

 <みーっつ!・・・>

「見事なハゲがある!」

 ガッシャーン!!

 ずっと背を向けていたが、振り向くと落ち武者はずっこけていた。

 同時に、拝殿からずどどどど!!という音が聞こえたのは余談だろうか?

 <お、おのれぇ…わしを誰だと思っておる!?>

 聞きながら、こけたときに兜が取れてつるっぱげになった頭を上げるが、

「誰って、“海坊主うみぼうず”だろ?」

『う、海坊主!?』

 拝殿から様子を見ていた雫たちが驚きながら言う。

 昨夜から気になってずっと考えていた。

 雫が持っていた手紙の潮の臭い…聞き覚えのある声…そしてつるっぱげの頭・・・。

 それらが一つになったときに海坊主だと思い出した。

 もともとは宮司の下で働いていたが、夏になると修行と称して近くの海で泳いでいたことからいつの間にか海坊主と呼ばれるようになった。

 それを宮司がよく思っておらず、止めるように何度も注意したが、一向に聞く耳を持たなかったことで宮司の怒りを買って、神社どころか村からも追い出されてしまったのだ。

 それっきり音信不通になっていたが、まさか落ち武者になって戻ってくるとは・・・。

 <っく、変なあだ名をつけおって!>

 おそらく、雫に告白したのも海坊主だろう。

 だが、断られたことを根に持ってこんなことをしたみたいだ。

 自分のことを「わし」と呼んでいる上に年寄りっぽい話し方をするが、これでも30前だとか・・・。

「それよりあんたこそ、俺の顔を見忘れたか?」

 <なに・・・?・・・!>

 海坊主は俺を見て顔をしかめながら聞き、しばらくして思い出したみたいだ。

 <ま、まさか!“怖いもの知らずの死神”!?>

「そう呼ばれて久しいな」


「本当にあいつは、死神レベルで怖いもの知らずだからな…」

 拝殿から様子を見ていた宮司が境内の様子を見ながら言う。

「そうね。お兄さんったら、世界レベルで怖いお化け屋敷でも、逆にお化けを怖がらせてしまうし」

「でも、そのおかげで助かったわ」

 美緒、雫が言う。

 由梨はお化けが怖くて家にいる。


 海坊主は観念して座り込むが、俺は雫に怖い思いをさせたことを許したわけではない。

 どうしてやろうかと思ったところに、美緒が来た。

「お兄さん、ここは私に任せて」

 え?…!?

 美緒の顔を見たときに一瞬だがぞっとした。

「海坊主さん、来てほしいところがあるの」

 少し低い声でそう言って、海坊主を立ち上がらせて神社から出ていく。

 <どこへ?>

 海坊主が歩きながら聞くが、美緒は何も言わない。

 この後どうなるかも知らず、海坊主は美緒についていき、姿が見えなくなってしばらくして・・・。

 <うぅぎぃやぁ~~~~~~~ぁ!!!!!!>

 神社の周りの森林中に聞こえるほどの悲鳴が響き渡った。

「地獄を見たか…」

 美緒は本気で怒ったら、「鬼の宮司」より怖いからなぁ・・・。


 数分後に、美緒は何もなかったかのように戻ってきた。

「おかえり。大丈夫だったのか?」

 一応、心配になって聞いたが、

「もう大丈夫よ。締めサバにしてやったから」

 美緒は不敵に笑いながら言う。

「し、締めサバ…」

 活け締めの鯛じゃないんだから…なんてことを苦笑しながら思った。


 翌朝、海坊主は海岸で干からびた状態で発見されたのは、またの余談だろうか?


 そして気が付いたら、俺に「鬼神おにがみ」というあだ名がついたこともだ。

(海坊主を退治したのは美緒なのに、なぜか俺が撃退したことになっている)


 落ち武者となった海坊主がいなくなったことで、祭りは予定日を変更しながらも無事に開かれ、神社は賑わっていた。


 夕方になり、浴衣に着替えた由梨を連れて神社に行き、色々回ろうとすると、浴衣姿の雫と美緒に会った。

「いらっしゃい。お兄さんのおかげで、こうして無事に開くことができたわ」

 美緒は明るい笑顔で言う。

「いや、俺は…」

 あの程度のことしかできなかったから・・・。

「そうよ。隆太はこの村を救った英雄なんだから、誇っていいと思うよ?」

 雫が俺の手に触れながら言う。頬が少し赤く見えたのは気のせいだろうか?

 誇っていいと言う割に、ついたあだ名が「鬼神」ってのは…。

「ほらほら、せっかく来たんだし、色々見ようよ」

 由梨が笑顔で言う。

 この後は4人で綿菓子やたこ焼きを食べたり、射的や輪投げをやったりしてはしゃいだ。


 そして気が付いたら夜の9時を過ぎ、もうじき花火が上がる時間になったこともあり、よく見える場所に4人で来た。

「間に合った♪」

 由梨が笑いながら言う。

 それから間もなく、遠くから火の玉が空に向かって飛びあがり、爆発する音を立てて大輪の花が開いた。

 そのあとに続くように、次から次へと花火が上がる。

 しばらくは無言で見ていたが・・・。

「隆太…」

「ん? あ」

 雫はささやくように俺を呼び、後ろから包み込むようにそっと抱き着いてきた。

 実は雫は、俺より少し背が高い。

「…好き…」

 俺の耳元でささやき、頬に唇を当ててきた。

「あ、お姉ちゃん、やっと気持ちを伝えたね…ねぇお兄さん」

「ん?」

「いつか本当の意味で、私のお兄さんになってよ」

 俺の前に立ち、お願いするように言う。

「え!?」

「私も雫ちゃんに、本当の意味で、私のお姉ちゃんになってほしい」

 由梨も必死にお願いするように言う。

「お、おい」

 俺はまだ何も言ってないぞ。

 雫から離れようとしたが、その細い腕には力が入っていた。

「もう離したくない!…ずっと、そばにいてほしいよ…会えない間、すごく寂しかった…」

 でも確か、雫は・・・。

「中学のころ、付き合ってた人はどうした?」

 中学時代のある日、俺は雫が告白されてるところを見たことがあり、その時に雫は、「付き合ってる人がいるから」と言って断ったのを聞いた。

 それを言うと、

「それは告白を断るための口実よ。私は小学校のころから隆太が好きだったから、みんな断ったの」

 そうとも知らずに俺は・・・。

 実は地元を離れたのは、初恋の相手である雫に、俺の知らないところで付き合ってる人がいることを知って失恋したと思ったからである。

 その気持ちを吹っ切るために、地元を離れて新しい恋を探そうと思ったのだ。

 だが、どんなに可愛い子を見ても、雫のことが浮かび上がり、告白できずにいた。

「誤解だったんだな・・・」

「お姉ちゃんも、告白を断るときに「付き合ってる人がいる」じゃなくて、「好きな人がいる」にしておけばよかったのよ」

 それでも俺は、同じように誤解してたかもしれない。

「ずっと、寂しかった…もう、いなくならないで…」

 言いながら、腕に力を込めてくる。その腕は震えていた。

「震えてるのは、海坊主のことか?」

「…うん…いつ、また来るかと思うと…」

「それなら大丈夫だよ?」

 美緒が明るく言う。

「え?」

「だってこの前、お兄ちゃんがとどめを刺したから」

 まさか、あれを見てたのか?


 お祭りの数日前。

 <あの小娘め…何としてでもわしのものに…>

 神社から少し離れたところにある雑木林の中で、何やら怪しいことを企む海坊主がいた。が、

「そうはいかないな」

 と一人の男が目の前に立つ。

 <し、死神!? どうしてここに!?>

「なんとなく、まだ懲りてないだろうと思ってたら、その通りだったな」

 <っく…>

「雫や美緒にとっては終わったことかもしれないけど、雫に怖い思いをさせただけじゃなく、引きこもりにまで追い込んだこと、俺はまだ許したわけじゃないぜ?」

 言いながら手の指をアニメ並みにバキボキ鳴らして海坊主に迫る。

 <あわわわわわわわわ!>

「俺を本気で怒らせたこと、覚悟しろ!!」

 海坊主は顔を真っ青にする。そして・・・


 <ぎぃやあ~~~~~~~~~~~あ!!!!!!!>

 森林どころか、村中に聞こえるかというほどの悲鳴が響き渡った。


「一番怖いのは、お兄さんね・・・」

「さすが、鬼神と呼ばれたお兄ちゃんだけあるわ・・・」

 美緒と由梨が見てたことを俺は知らなかった。


 海坊主はあの後、真っ白な灰のようになって海に浮いていたところを漁師が見つけて連れ帰り、雑用として雇ったそうだ。

 あれ以来、俺の名前を聞くたびに顔を真っ青にして振るえるようになったらしい。


「あの悲鳴は、そういうことだったの…」

 雫は安心したのか、腕の震えが治まった。

「だから、もうあいつに怯えることはない」

 もしまたやってきたとしても、俺が雫を守る。

「でもお兄ちゃん、学校があるから、夏休みが終わるまでには向こうに戻らないといけないんじゃない?」

 由梨が聞いて、雫は少し震えたみたいだ。

「そうだな。でも、冬休みになったら、雫に会いに帰ってくるから」

 雫の腕に触れながら言うと、安心したような感じが伝わってくる。

「うん…待ってる」

 そう言ってまた、俺の頬に唇を当ててきた。


 雫は、俺が命がけで守る!

 雫の温かさを背中に感じながら、自分に強く誓った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

落ち武者 正体不明の素人物書き @nonamenoveler

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画