二章 天使の来訪
宵闇の城での日々は、穏やかな変化と共に過ぎていった。ジェイドは庭の手入れに精を出し、その癒しの魔力は、枯れた大地に確かに生命の息吹を吹き込んでいた。城の食事は日を追うごとに豊かになり、スカーレットの部屋は、以前よりも温かい雰囲気に包まれていた。かつては人里離れた死の城と恐れられた場所は、今やジェイドの存在によって、かすかながらも安らぎに満ちた住処へと変わりつつあった。
ある日の午後、ジェイドが庭園で新しい花壇の土を耕していると、ミィが急に身を低くして唸り声を上げた。その耳はぴくりと動き、森の奥深くを警戒するように見つめている。ジェイドもまた、ミィの様子に気づき、顔を上げた。
「どうしたの、ミィ? 何かいるの?」
ミィは答えず、ただ静かに、しかし強く、森の方向を指し示すかのように前足を立てた。その瞳には、かつてロウクワット一族が来た時とは異なる、どこか複雑な警戒の色が宿っていた。
その時、森の奥から、まばゆい光が差し込んできた。それは、ロウクワット一族の傲慢な光とは違う、もっと純粋で、しかし同時に底知れぬ深さを持つ、不思議な光だった。光は徐々に近づき、やがて城の門前に一つの人影が姿を現した。
現れたのは、白いローブを身につけ、背中に大きな白い翼を持つ、一人の男だった。彼の髪は雪のように真っ白に輝き、瞳は研ぎ澄まされた銀色。その顔には慈愛に満ちた微笑みが浮かび、まさに完璧な「天使」の姿だった。その存在全てが、一切の混じりけがない純粋な白で彩られていた。
しかし、ジェイドは、その完璧な美しさの中に、微かな違和感を覚えた。彼の放つ光の魔力は強大で清らかだが、その奥に、何かが隠されているような、不穏な気配を感じ取ったのだ。それは、ロウクワット一族が持つような明確な悪意ではない。もっと深く、複雑で、理解しがたい「何か」だった。
「おお、ようやく見つけた。最果ての髑髏の城に咲いたという、光の花。…なるほど、これは美しい」
天使は、ジェイドの姿を捉えると、ゆっくりと歩み寄ってきた。その視線は、ジェイドの瞳をまっすぐに見つめ、その慈愛に満ちた表情は、揺らがない。ジェイドは、その視線に射抜かれたかのように、身動きが取れなかった。
その気配を察知したかのように、城の奥からスカーレットが姿を現した。彼の傍には、レイブンが静かに止まっている。スカーレットの瞳は、感情を宿さないままだが、その視線は、門前に立つ天使へと向けられていた。
「…スノウ」
スカーレットが、静かにその名を呼んだ。その声には、何の感情も含まれていない。ただ、そこにいる存在を認識した、という響きだけだった。
「スカル! やあ、久しぶりだね。今回は十年ぶりかな?また 君に会いに来たよ、親友」
天使、スノウは、満面の笑みを浮かべると、嬉しそうに駆け寄ってきた。その白い翼が、門前の空気を震わせる。
スノウはスカーレットの無表情な顔に近づき、その肩に手を置こうとしたが、スカーレットはその過剰なスキンシップを、まるで鬱陶しい虫でも払うかのように、軽く手で払いのけた。スカーレットの瞳には、スノウに対する感慨や特別な興味を示す変化が何もない。その様子を、ジェイドは息をのんで見つめていた。スカーレットは、目の前の天使からの接触を拒むように避けている。
スノウは、スカーレットに手を払われた一瞬、その完璧な笑顔の裏で、微かに心をこわばらせた。だが、すぐにいつもの調子に戻ると、当然のように城の奥へと足を進めた。にこやかに細めた視界の奥で、ひっそりと剣呑な光を宿しながら。
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