栄英歌吸

この物語は財団が来る。3日4日前の物語である。


第1章 緩やかな日常

日本の家。

障子越しの午後の光が、居間の畳にやわらかく差し込んでいる。

テーブルの上にはフランスが作った色鮮やかな料理が並び、イタリアが楽しそうに手を叩いてはしゃいでいた。

「やっぱりさ、食事は楽しくないとダメだよね!ほら見て、このパスタ、最高にボーノだよ!」

イタリアはフォークをくるくる回して得意げに笑い、隣のフランスが鼻で笑いながらも誇らしげに胸を張った。

「ふふん。当然だろう?私の作る料理に外れなんてない。美を食に込める、それがフランスという国の誇りだ」

ドイツはそんな二人のはしゃぎ声を横で聞きながら、きっちりとナイフとフォークの位置を揃え、テーブルクロスの皺を直していた。

「……料理はともかく、テーブルマナーは守れ。フォークを振り回すな、イタリア」

「ええ〜?そんな細かいこと気にしてたら、楽しく食べられないよ!」

わいわいと賑やかな声が響く居間に、七歌と絆川も加わる。七歌は手を腰に当てながら笑った。

「ほんと、あんたたちって仲良いんだか悪いんだか。だけど……こうしてみんな揃ってるの、悪くないね」

絆川も椅子に腰掛け、腕を組みながら少し照れくさそうにうなずいた。

「まぁ……騒がしいけどな。けど、これが俺たちの日常なんだろ」

すると日本が、箸を置いて小さく咳払いをした。

「……ところで、最近気になる噂を耳にしました」

その言葉に、場の空気がふっと落ち着く。

「噂?」七歌が首を傾げる。

イタリアはパスタを口に運びかけたまま止め、フランスとドイツも同時に視線を向ける。

日本は少し神妙な面持ちで答えた。

「……スコットランドが、イギリスに会いに行くらしいです」

「えっ……?」

驚きの声を上げたのはイタリアだった。

「スコットランドって……あの、けっこう気難しいって噂の?」

フランスはワイングラスをくるくる回しながら、冷ややかに言葉を重ねた。

「久々に顔を合わせるのか……面白くなりそうだな。だが、平和的とは限らないだろう」

ドイツは眉間に皺を寄せ、短く言い切る。

「火種になる。そういう気がする」

七歌は思わず絆川の方を見る。

「ねぇ、これって……」

絆川は難しい顔をしながらも、低く呟いた。

「……嫌な予感しかしねぇな」

その言葉に、居間の空気が重たく沈んだ。

だがまだ、このときは誰も気づいていなかった。

――これが破滅へと繋がる前触れであることに。


第2章 会いに行く影

霧に包まれた街角。

ガス灯の光がぼんやりと揺れ、石畳の道が湿り気を帯びて光っている。

そこを一人歩く影――スコットランド。

彼は深い瞳で遠くを見つめ、低く唸るように独り言を漏らした。

「……忘れたのか、イギリス。俺を……」

彼の胸中には、かつて共に戦った誇り、血を流した記憶、笑い合った日々――

それらがぐちゃぐちゃに渦巻き、黒い感情に姿を変えていく。

やがて霧の奥から、ゆっくりと歩いてくる人影があった。

「……スコットランド?」

聞き慣れた声。

イギリスだった。

「……やっと、来たか」

スコットランドは足を止め、かすかに笑みを浮かべた。

だがその笑みは喜びではなく、どこか歪んだ哀しみに濡れていた。

イギリスは驚き、そして困惑した顔で彼を見つめる。

「……本当に、お前か。どうして今さら……」

スコットランドの瞳が細められる。

「どうして?忘れたからだ。俺を……俺たちの誇りを」

イギリスの胸に鈍い痛みが走る。

だが、彼は必死に言葉を紡ぐ。

「忘れたんじゃない……!ただ、背負いきれなかっただけなんだ!」


第3章 忘却の痛み

「背負いきれなかった……?」

スコットランドは低く笑った。

その声は震え、怒りと悲しみが入り混じっていた。

「違う!お前は俺を忘れた!存在すら、影のように扱った!」

彼の叫びが霧に響く。

イギリスは言葉を探すが、喉がつかえたように声が出ない。

「違う……違うんだ……!」

だが、その必死の言葉はスコットランドには届かない。

彼の手に、赤黒い光を放つ剣が顕現する。

魂解――「忘れ去られた国・栄光ある永遠の国」。

周囲の霧が一気に渦巻き、街並みが無音の世界へと変わっていく。

まるで全ての記憶が消え去るかのように。

イギリスは息を呑む。

「……やめろ、スコットランド!」

だが、もう止まらなかった。


第4章 血の一閃

「愛していたのに……忘れたお前を許さない!」

その刃が、イギリスの胸を鋭く貫いた。

「――ッ!」

イギリスは血を吐きながら、膝から崩れ落ちる。

視界が赤く染まり、息が荒く乱れる。

「……やめろ!スコットランド!」

駆けつけた七歌と絆川がその場面を目撃した。

「そんなことして何になるんだ!」七歌が叫ぶ。

「お前を忘れない!俺たちは絶対に忘れない!」絆川が刀を構える。

だが、スコットランドの魂解は二人の記憶すら削り始めていた。

「……俺の存在は、誰の中からも消える……忘却の空間に沈め……!」

七歌は必死に抗う。

「違う!私は忘れない!絶対に!」

絆川も声を張り上げる。

「お前は……俺たちの仲間だろうが!」

スコットランドの瞳が一瞬揺らいだ。

だが、その時――

イギリスが最後の力を振り絞って呟いた。

「……お前を……忘れたことなんて……一度も……ない……」


第5章 影と叫び

「……な……に……?」

スコットランドの刃が震えた。

その瞬間、イギリスは血に濡れた腕を伸ばし、彼を抱きしめた。

「……ずっと……お前は……俺の……誇りだ……」

「やめろ……離せ……!」

スコットランドは泣き叫ぶが、力は弱まっていく。

イギリスの身体から、命の灯が静かに消えていった。

「……イギリス!? いやだ……死ぬな……!」

その腕の中で、イギリスは息絶えた。

スコットランドは自分のしたことに気づき、崩れ落ちる。

「俺が……俺が殺した……愛していたのに……!」

涙で視界が滲む中、彼は七歌の方へ振り返り、絶叫するように最後の一撃を振るった。

「――終わらせてくれぇぇぇッ!!」

七歌の剣とスコットランドの刃がぶつかり合い、轟音が響いた。

次の瞬間、スコットランドの身体が血を噴き、崩れ落ちる。

「……俺も……一緒に……忘れられるのか……」

そう呟き、彼もまた息を引き取った。

残された七歌と絆川は、崩れ落ちた二人の亡骸を前に立ち尽くした。

「……なんで……こんな……」七歌の頬を涙が伝う。

夜の霧が晴れ、ただ虚しい静寂だけが残った。

――それは、誰も望まなかったバッドエンドだった。

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