第9話 カナの(比較的)忙しい一日

「こんにちは、個人勢の水無月カナです。今日はあまり時間がないんだけど、今日逃しちゃうとまた配信取れなさそうだから、ちょっとだけ雑談しよ!」


:『こんにちはー』

:『カナ社長やっぱり忙しい?』

:『少しでも話せて嬉しい!』


「まあ、今の時期は中々ね。ポップアップショップの告知も終わったけど、準備はまだまだこれからだしね」


:『飲むのに忙しいのかと…』

:『忘年会の時期だし、そろそろ色々な所で駆り出されるのかと』

:『そもそもカナ社長って何の社長なんだっけ? 飲み屋?』


「みんな好き放題言ってくれちゃって……。私が飲み屋なんて経営したら、店中のお酒飲んじゃうでしょ? そういうのは自分じゃ仕事にはしないのよ」


 コメントに大量の草が生えるが、『カナちゃんならやりかねない』というのがコメントの総意ではあるのだが。


「じゃあ、改めて自己紹介しよっか。知らない人もいるかもだからね。VTuberとしては個人勢だけど、KANA Style by MIRAI Étoileの代表、水無月カナです。

 私の配信の衣装だったり、小物も扱ってるから是非とも公式ショップを覗いてみてね?」


 配信というのは常に新しいリスナーが現れる。そのため、カナが社長、と言われていることは知っていても、何の社長なのかを知らない人もいる。

 カナはVTuberとしての個人配信の他に、KANA Style by MIRAI Étoileというブランド公式VTuber兼CEOを名乗っている。つまるところ、アパレルブランドの社長、ということだ。

 だからこそ、カナのチャンネルにはKANA Styleの商品紹介の動画や、大元となるMIRAI Étoileというブランドの発表会のライブ配信のアーカイブなども存在するのだが、今配信されているライブ配信しか見ない、というリスナーもいるため説明は必要になってくるだろう。


「とはいえ、一度酒屋さんとかで好きなだけ飲むとかやってみたいんだけどね」


:『それは流石に豪快過ぎる』

:『酒屋さんが潰れる、とかはないだろうけどどれだけ飲むんだろう?』

:『一度企画でやってみてよw』


「えー? それに協力してくれるような酒屋さんから探さないとだなぁ」


 企画としてならいけるか? と本気で交渉できそうな酒屋の心当たりや、かかる予算の試算を始めるあたり、冗談ではなく本気で受け取っているところがカナらしさだろう。

 ただ、それを言うと企画になった時もならなかった時も色々と大変なことになりそうなので、決して口には出さないが。



「それにしてもさ、私に対するみんなのイメージ、ほんとお酒に固定されきってない? 話に乗っちゃう私も悪いんだろうけど、エクゼだとちゃんと衣装以外にもおしゃれな店のこともアップしてるんだけど?」


:『一升瓶がこれほど似合う人もなかなかいないし…』

:『俺らがしなくても気付けば酒の話題になってるし』

:『まあ、要するにこれまでの言動ってこと』


 以前の反省を活かし、お酒に関する投稿は差し控えているのにも関わらず、酒カスの印象が拭い切れないのは普段の配信での言動が大きい、ということがあるのだがカナとしては形に残しているのはあくまでもSNSがメインだ。

 そのため、SNSをメインにカナを知っている(特に最近知り始めた)人にとっては、おしゃれなインフルエンサーとして見えるが、VTuberとしてカナを見ていて、特に日常での言動を知っている場合はやはり酒に大きくパラメーターを振っている人物として見える、ということだ。

 特に、画像投稿を主としたSNSにはブランドの衣装や小物を多く掲載しているが、それを見るのは女性の比率が多く、男性は動画投稿サイトのコミュニティやライブ配信を多く見ているため、男性リスナーの方が多くこういった揶揄をしている。

 ファッションにそこまで詳しくない、というVTuberのリスナーらしさから出てくる発言ではあるのだが。


「色々腑に落ちないところはあるけど、言っても仕方ないものね。そろそろ時間だし、また今度追及させてもらうからね!」


:『予定がんばってー』

:『お疲れー』

:『またねー』


 追及する、ということに総スルーされるが、それこそ追及する時間もなく、配信を終わらせた。配信が完了していることだけ確認すると、事前に準備をしていた荷物を手に取り、慌ただしく家を出て行った。




「そう。うん……。そうね、西島さん。このワンピース、ウエストの部分、もう少しギャザー強くできるかしら?」

「はい。ですが、そうするとシルエットが横に膨らみますが、どうしますか?」

「裏地を少しハリのあるものに変えるか、サッシュベルトを追加してみるのはどう? 春物だし、重すぎない程度のもので。相馬くんもそれでデザインもう一度考えてみて」

「わかりました。では、調整してみますので、出来ましたらまたご報告します」


 会議室のスクリーンに投影されていた複数の案を基に、デザイナーとパタンナーを交え、次回の衣装などを決めていく。

 先ほどの配信で少し拗ねていた時とは打って変わり、若干の緊張感を会議室にもたらすほどの真剣な表情をしており、本当に酒屋で好き放題飲もうとしていた人物と一緒であるようには見えない。

 水無月カナ、もといMIRAI Étoile社長としての如月レナは自身がデザイナーでもあり、部下を持つ身として、本業での妥協というものはできない。

 新製品のデザインも何度かやり直したもの、ではあるがサンプルを見た結果でまた再考することも少なくない。少しでも手に取る人が喜ぶものを、と考えるとどうしても妥協をしたくない、というのがレナの本音だ。

 だからこそ2時間以上かけた会議は参加したデザイナーも、他のパタンナーも一つの製品を作るために様々なアイデアや意見を出し合う。

 その結果、会議が終了したのはもう深夜にも近い時間だった。明日は会社が休み、だからといってついつい引き延ばしてしまったこともあり、無理でなければということを前提として残っていた社員を連れて食事に出かけることにした。

 その食事会も結局は仕事の話題がメインとなりそうだったため、適当な所で切り上げることにしたが。


 食事会が終わった後もレナのやることはまだある。会社に戻り、すぐ近くにある倉庫兼常設店舗の在庫チェックだ。


「あれ、まだ残ってたの? 明日もあるんだから、ちゃんと早めに休まないと」

「そうなんですけどね。さっきまでポップアップショップの在庫の発送準備進めてたんですよ。市井ちゃんと鴻江さんに手伝って貰ってたのであとは送るだけですよ」

「送るのは週明けでいいって言ったのに。早めに準備してくれたのはありがたいんだけどね? あ、そうだわ。日報見たんだけど、ちょっと詳しいこと聞かせてもらえるかしら……」



 たまたま、まだ残っていた店長に売り上げや傾向のこと、最近出した製品の評判などを聞きながらも在庫のチェックを終わらせ、店長を先に帰らせて帰宅するためのタクシーに乗ったのは日付が変わってしばらく経った後。

 軽くSNSをチェックしていると、珍しくおじさんが少し前に投稿をしていることに気づいた。内容としてはいつものようによくわからない商品で遊んでいる投稿ではあったが。


「今の時間に投稿するなんて珍しいじゃない?」

「今の時間に投稿というか、遊んでたら気付いたら今の時間になってた、というかね。それよりも、今の時間にかけてくるなんて珍しいね? 飲んでたの?」

「ううん、仕事がさっき終わってね。で、SNSチェックしてたら珍しいこともあったからさ? だからどうしたのかなって」

「そっかそっか。今日もお疲れ様。声、疲れてるみたいだけど大丈夫?」

「あー……。うん、今のところはね。帰ったらお風呂入ってゆっくり寝て、起きたらお酒かな? ……付き合って、くれる?」

「仕方ないなぁ。飲み過ぎないように見張っててあげるよ」


 タクシー内ではあるが、いつもの会話は疲れたレナの心を少しだけほぐしてくれる。

 おじさんにあまり寄りかかるのも情けないことではあるが、それでもこういった時にまず相談をしたり、頼ってしまうのはおじさんになってしまう。

 ただ、それをあまり情けなく思っても謝罪の言葉を伝えても困らせてしまうのはわかっている。「ありがとう、お休みなさい」とだけ伝え、電話を切る。

 レナの表情は、タクシーに乗った時よりも、だいぶ穏やかだった。


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よくわかる(可能性は微弱にある)VTuber(?)配信用語説明


パタンナー


服を作る場合、服全体やコンセプトを決めるデザインが決まった後、それを実際に作るために必要な型紙(パターン)を作成する人


デザイナーが作ったものを現実に作れるように落とし込む、ということで衣類作成の上では非常に重要となる作業でもあったりする

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