第8話 おじさんと料理配信
「今日はぼやいたーで告知した通り、料理配信だよー。お酒の準備は大丈夫かな?」
:『もちろん!』
:『今買ってきた!』
:『今おつまみと一緒に買ってる途中…作り終わるまでには帰り着きたい』
おじさんの普段の配信画面は、いつもは和室の一室といういかにもおじさんらしいものだが、今回は妙に設備の整ったアイランドキッチンが背景になっている。
おじさん自身もエプロンを身に纏っていて、料理をする、ということが一目でわかる格好だ。
「今日は何を作ろうかなって思ってたんだけど、ちょうどさっき届いたのがあるから、それを使おうと思うんだよね。中身が何かはちょっと覚えてないんだけど」
:『いや、不穏なこと言わんといてもろて』
:『まーたノリだけで作ろうとしてる』
:『ダークマタ作り出したの忘れたの?』
おじさんは何度となく料理配信をやって来たものの、たまに大きくやらかす。素人料理、というものよりは一歩抜き出たようなものを作る時もあれば、後で「這い寄るもの」や「にじみ出た混沌」といった、邪神の物語でしか出てこないような単語で装飾されたものを作りだすこともある。
:『全自動だし巻き卵メーカーを出してきた時は笑ったけど』
:『あの40万もするやつね。おじさんあれまだ使ってるの?』
「卵、ああ。『だし巻きの神』のことだね? ごみを捨てるだけでいいから結構使ってるよ。昆布と鰹節と卵だけだから材料拘ってみたりしてたまにお客さんにも出してるし」
おじさんの配信のある意味で神回。殻のままの卵にこんぶに鰹節、それに調味料を投入するだけで出来立ての出汁巻き卵が作れる、という謎の機械なのだが、約40万という高額であり、その実、出汁巻き卵しか作れない、という商品爆買い系配信者ですら手を出せなかったものを、何故か弱小Vが個人で購入し、配信に登場したのはたった1回のみ。
製造元の株式会社ハイパーテックキッチンはその時の配信を自社のサイトに掲載しているし、コメント欄は『びゃあ゛ぁ゛゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛ぃ゛』で埋まり切る、という中々混沌とした謎なエピソードもある。
「で、今回は大丈夫だよ。料理自体はそんな凝ったものじゃないしね。で、これが今回の食材だよ」
配信画面の中に、また一つ画面が表示される。そこに映し出されたのは発泡スチロール製の箱だ。VTuberの配信では手元カメラ、とも呼ばれるそれは、配信画面とは違い、実際にあるものをそのまま映し出す、有り体に言ってしまえば、バーチャルという2次元ではなく現実をただただ映すだけのものではある。
だからこそ、おじさんは何の変哲もない真っ黒長袖のTシャツに同じく黒いニトリル手袋。手の大きさは何となくわかるものの、それ以外のことは全くわからないというのは様々な配慮の結果、というものだ。
蓋と本体を繋げていたテープをはがすと、中から現れたのは大量のおがくず。
:『おじさんおがくずは流石に食べれないよ? 食用のおがくずとかないよな…?』
:『昔、カブトムシ買った時におがくずに包まれてたけど…もしかして?』
:『いやいや、おじさんゲテモノはほとんど食べないはずだぞ。ホヤとかナマコは食べてそうだけど』
「おじさんたちはおじさんを一体なんだと思ってるんだよ。これは、活きクルマエビだよ」
おじさんはそういって無造作におがくずに手を突っ込み、中にいたエビを一匹取り出す。持ち上げられたエビはびちびちと跳ねるがおじさんは気にせずどんどんと取り出す。箱が微妙に動いたり、ボウルに取り出されたエビが跳ねたりボウルから飛び出したりするが、おじさんは一向に気にせず作業を続ける。コメント欄が戦慄としているが、実に楽しそうに取り出しているのは何とも言えない状況だ。
ある程度取り出した後、おじさんが取り出したのは竹串。『あ…』やら『閲覧注意』やら『美味しく食べるには仕方ないんや…』などと先出ししてコメントが出てくるのは、エビの少し先の未来を憂いて、のことだろう。
:『もう20本以上串打ってるけど、おじさんそんな食べるの?』
:『今度こそ視聴者プレゼント?』
「いやいや。今回はお客さんも呼んでるからね。たくさん食べたい、って言ってたしおじさんはいつもの分くらいしか多分食べないんじゃないかなぁ? 新鮮な海鮮はたくさん食べたい派なんだけどね」
そういいつつ、エビの入っている箱を除け、別の箱をまた取り出す。
:『悪魔だ…悪魔がいる』
:『No! Devilfish NOOOOOO!』
:『おじさん、ついにタコまで捌けるようになったのか…』
「ぬめりとり以外は結構簡単らしいからね。まあ、失敗してもおじさんが食べればいいから手軽にやっていこうかなって」
流石にカメラの前で締めたり捌いたりするのが大変だ、と箱ごとタコは抱えられどこに持ち運ばれていく。実際にはキッチンで処理をしているだけだが、配信では何か格闘しているような音がかすかに聞こえているだけで全貌は見えないようだ。
「ただいまー。あとは串とかにしやすいように切っていくだけだね。あとこっちもちゃっちゃとやっちゃおう」
画面に戻って来たのはある程度解体されたタコ。それに新しく箱が1つ。『南無』とタコの冥福を祈るコメントが流れ続けるが、おじさんが気にした様子はない。
「こっちは余計な分を外しちゃって洗うだけだから、まあ食べるちょっと前にしちゃえばいっか」
タコを串刺しにしたり、一口サイズに切っている間に箱を開けると、そこから見えたのは大量のホタテ。
:『相変わらず訳のわからないくらいいいもの取り揃えてる』
:『串打ちばっかしてるけど、今日はどうするんだろ? おでん?』
:『ここまで新鮮なのをおでんというのももったいない気はする。この前の鍋だと小さいだろうし』
鼻歌を無意識に口ずさみながら料理をしているのは興が乗ってきた証拠だろう。メロディにもなっていないそれは無意識なのか、無意識でも著作権に配慮したものなのかはわからないが。
「じゃあ、調理始めていこっか! そろそろお客さんも来るだろうし」
:『なんだこれ…』
:『いや、わからん。ほんとなんだこれ』
:『囲炉裏、のミニチュアか…?』
下準備が終わり、カメラを移動するといって一度画面が切れた後、もう一度映し出された時に表示されていたのは、金属の枠で囲まれた、灰が周辺にあり真ん中には炭らしきもの。それも煌々と火を灯しているように見えるが、どう見ても家庭用の食卓の上だ。
テーブル自体は一般的な4人用のものよりも少し幅や奥行が大きいように見えるが、それでも囲炉裏を置く、ようのものとは思えない。そもそもテーブルの上に囲炉裏を置くことなど誰も想定などしないが。
「これは、おじさんが見つけた『おウチ"de"炉ばたMk-II』ってやつだよ。家で串焼きをやってみたかったんだけど、普通のロースターだと何となく寂しいかなって」
:『また謎なアイテムを見つけてきた…』
:『絶対これおじさん一人じゃ持て余すって』
:『毎回思うけど、こんな重量物のもの普段どこに置いてるんだろう』
おじさんが見つけてくるアイテム、というのは決して小さくないものが多い。デカいはロマン、男の子ってこんなのが好きなんでしょ? と言われるようなものがたびたび出てきては、リスナーたちは購入を検討している、というのがいつもの流れだ。
「で、炉端焼きっていうとやっぱりこうだよね」
おじさんはさきほど串打ちをしたエビやタコを灰の中に刺していく。パチパチ、と音を立てていき、素材の中にある水分や油分が徐々ににじみ出てきて、灰に落ち、軽く煙を出しながら少しずつ焼けていく。
:『ぎゃああああ!』
:『とんでもない飯テロじゃねえか!』
:『自宅じゃ、自宅じゃこんなの無理すぎる…』
「あ、家でするならちゃんと換気は必須だからね。お酒も用意して、と。お客さんも来たみたいだから行ってくるねー」
テーブルの端に何本もの日本酒や焼酎、ビールが置かれた時点で誰が来るか、少なくとも1人は予想が立ったリスナーは多かったのは、ある意味でのお約束のようなものか。
「じゃあ、2人とも挨拶してね」
「水無月カナ、今日は美味しいお酒と料理を食べに来た。それだけよ」
「すなっすー! 『あにまるずっ!』のフェネック! 風音すーこだよ! すーこも美味しいものをたくさん食べに来たよ!」
:『やっぱり一人はカナちゃんか…』
:『すーこちゃん!?』
:『あれ、砂漠の狐さんとおじさんってこれまで絡みあったっけ?』
:『いや、少なくとも表での絡みはなかったはず…カナ社長ともなかったはずなんだけど…』
思わぬゲストが登場し、コメントが騒然とする。ケモミミVが多く所属する『あにまるずっ!』とはおじさんやカナは配信やSNSでのやりとりはこれまでやってきていなかった。それにもかかわらず、事前告知にも触れていない状況での登場はリスナーを驚かせるには十分な情報だった。
「すーちゃんとはちょっとした縁があってね。美味しいものが好きって言ってたし、餌付け……もとい、折角だから親交を深めようかなって」
「餌付けされに来たよ!」
:『またおじさんの食事の虜になるVが…』
:『すーこちゃん、餌付けでいいんか…』
「でも、すーこ、お肉も食べたい……」
「そういうと思って色々準備してたからちょっと待っててね。カナちゃん、焦げないかどうか見張っててね」
カナは「はーい」といいつつも画面の端にある酒に手を伸ばし、勝手に注ぎ始めている。傍若無人なふるまいではあるが、いつものことであるためリスナーも含めて既に誰も気にしていないようだ。
「カナちゃんもすーこちゃんも、ちゃんと手袋してね?」
「手袋、手が荒れるから嫌よ。串とる時はトング使うし、すーこちゃんは我慢してつけてね」
先ほどからカナの素手がちらちらと配信画面に映り込んでいるが、Vとしては禁忌に近いはずのそれを誰も気にせず指摘もしない。これもいつも通りのことだ。
「じゃあ、始めようか。かんぱーい」
「かんぱーい」
「いただきまーす」
おじさん、カナ、すーこと言葉をつづけ思い思いに手を付け始める。おじさんはビール、カナは日本酒、すーこはおじさんが用意してきた牛串を、と好きなように振舞っているのは遠慮をしなさ過ぎているのは性格が故か、場の影響か。
「肉うまーい! やっぱり肉がいい!」
「今回のメインは魚介なんだけどなぁ。まあ、美味しく食べてくれるならいっか」
嬉しそうな声をあげるすーこに、おじさんも楽しそうに返す。自身はエビを取り、そのまま頭からかぶりついた。その時の音にコメント欄は『ビールが足りない!』だったり、『これから予約できる炉端の店を探さねば…』など羨ましいという気持ちを隠せないようだ。
「ちゃんとしっかり焼けてるから旨味がすごいなぁ。ほんのちょっとの塩を振っただけなのに、複雑な旨味がする」
「こっちのホタテもおいしいわよ。バター醤油の香りと日本酒がまたあうのよね」
中央に五徳と鉄板を置き、そこでホタテを焼いているのだが、バター醤油を載せた時のコメントの恨みにも似た書き込みは、すーこにとってはあまり見慣れないもので恐々としていたが、肉串を追加で勧められると忘れられるくらいの衝撃だったらしい。
「これ、他にも色々できそうなんだよね。網で焼いたり燻製もできたり、鍋を置いたら鍋物だって出来るんだからちょっと大きいのを除いたら万能だよね」
「テーブルのほとんどを占めるようなものをちょっと大きい、で片づけられるものじゃないけどね。でも、大勢で囲むような場所だとインパクトも大きいし、ガスボンベだからどこにでも持っていける、かもしれないのはいいかもね。やっぱり大きさがネックだけど」
家庭用のカセットコンロで使えるカセットガスとも呼ばれるガスボンベで賄えるのは、構造や素材による熱効率を最大化させた結果なのだが、使う側としてはそこをあまり気にしていないようだ。
串を刺すための穴も土台に用意されているのだが、最初の方は探しながらも頑張って刺していた。が、途中で面倒になり無理やり立てかけるようにして焼いている状態だ。
海老が時々倒れたりするが、灰のように見えた灰ではないもののため、軽く振ってそれらを落として刺しなおす、というアバウトな方法でもちゃんと食べられるようで3人とも大雑把な性格をしていることもあり気にしない。
むしろコメント欄の方がエビが若干動くたびに何とも言えない感想を抱いているようだ。
「じゃあ、配信は今日はこれくらい、ということで。おじさんはカナちゃんとすーこちゃんともう少し食べたり飲んだりしてるから、おじさんたちも飲み過ぎない程度に楽しんで」
「じゃーまたねー」
「すーこもっと食べる!」
和気あいあいとしたまま配信は終わり、コメント欄もしばらく名残惜しそうに流れていく。今回はサプライズゲストの存在もあり、なかなか好評だったようだった。
「じゃあ、改めてお疲れ様ー」
「改めてかんぱーい」
「乾杯……」
配信が完了したことを確認すると、改めて乾杯をする。このまま打ち上げとするようだ。
「すーちゃん今日は急なのにありがとうね」
「ううん、おじさんとも配信したいと思ってたから、大丈夫」
「初コラボがオフラインでしかも料理配信って中々聞いたことないけどね」
「まあ、そこはカナちゃんもいるし大丈夫かなって」
例え何かの弾みでカメラがずれても、写り込むような角度にはカナしかいなかったし、配信以外の部分で経験も多いカナがフォローすることでオフラインコラボでもどうにかなるだろう、と判断した結果が今回のコラボだ。
美味しいものを食べさせたい、それも中々食べれないようなものを、とカナが考えた結果、白羽の矢が立ったのがおじさんの料理配信だ。
毎回変わった何かを用意することの多いおじさんに任せれば面白いものが食べられるだろう、という下心もあったが。
「それにしても、ほんとこんなのよく見つけたわね」
「この前ちょっと山陰の方に行ったときに、囲炉裏でご飯を出してくれる場所があってさ。自宅でも出来たら面白いなって思ってたらいいのがあってね? で、食材もそれなら海鮮の串焼きとかにしたら映えるかなって」
「おじさんが画面映えを狙ってくれたなんて、成長したわね……。あ、すーちゃん、お野菜いる?」
「うん……、お野菜も欲しい」
「でも用意するのはおじさんなんだよね。まあ、色々そっちも用意してるから、待っててね」
用意されたのはナスやしいたけ、それに芋類。炉ばたの出番はまだまだありそうだ。
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よくわかる(可能性は微弱にある)VTuber配信用語説明
素手
2次元に生きるVTuberにおいて、現実を映すカメラとは非常に相性が悪い
素手には年齢や人種などを想像させてしまう情報が多いため、基本的には写さないものとなっている
なお、カナに関しては自分の身分をオープンにしているという珍しいタイプのVのため、顔出しをしても特に気にしない。
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