第5話 おじさんと記念コラボ
「さあ、じゃあやってこー! あ、おじさんだよー」
「突拍子ないなー……。個人勢橘ユウキです。今日は二人の対談企画、らしいですよ?」
「何でユウキくんが疑問形でいうかな? 二人の初コラボ1周年記念らしいよ」
:『二人ともあやふやで草』
:『あの伝説の初コラボからもう1年か…』
:『あの時からずっとユウキくんの配信追ってる!』
「でも、何といいますか。おじさんとは結構話してるので、記念って言われてもって感じなんだけど」
「最初のころはずっとおじさんを慕ってくれてたいい子だったんだけどなぁ……。すっかり大人びちゃって」
おじさんがまるで泣くかのように手を目に当てるようなしぐさをするが、ユウキは苦笑してまともに受け止めない。
そもそも、1年で大人びた、と言われても実感などもないし、仕方のないことではあるが。
「まあ、最初のツカミはこれくらいにしておいて、CCBに届いたの読み上げるよー」
「同じのが多かったり、伏字が多くてよくわからないのが多かったんだけど、おじさんのところの人だよね、多分」
「うん、多分ね。おじさんたちさぁ。まだ未成年の可愛い子供が相手だからって、ちゃんと相手が読むことをよく考えて送ってくるんだよ?」
:『ちょっと攻めた質問をしたいお年頃だった…』
:『おじさんたちってばサイテー』
:『おじさんが事前に検閲すると思って…』
匿名メッセージ送信サービス、
多少その伏字になるものの判定が厳しく、単語自体には問題がなくても、一部に年齢制限のかかる言葉やその略称が入っている場合でも伏字にされることもあることがネタにされるものではあるが。
「えっと、とりあえず一つ目。『この前お歳暮を贈るって言ってましたけど、届きましたか?また、それってなんだったんでしょう?』あ、俺がおじさんの配信に書き込んだ時のやつだね。
確か、料理酒とみりんの詰め合わせに、ご当地カレーとご当地白米の詰め合わせセット? だっけ。カレーってパックのだけじゃなくて缶詰もあったような」
「そうそう。ユウキくんカレー好きでしょ? で、ご両親もそこまでお酒は飲まないって聞いてから、邪魔にならない程度のものがいいかなって。逆にユウキくんの所からはお酒とグラスのセットと小物貰ったんだよね。
一軒建ての駄菓子屋の見た目なんだけど、中が小物入れになってるんだよね」
:『おじさんらしいw』
:『ユウくんの親御さんもおじさんの好みわかってるなー』
:『今のお歳暮ってそんなの贈るの?ビールとかハムくらいしかもらったことない…』
「いやいや、おじさんだってランチョンミートも贈ったし同じようなものだよ」
「あれ、母さんも喜んでましたよ。開けて切って焼くだけでも美味しかったです」
保存期間が長く、あまり料理スキルのないユウキであっても簡単に夕飯の一品を増やせるようなものは歓迎されるらしく、もうすでに半分ほど無くなっているとは配信前にユウキからおじさんは聞いていた。
ならもう少し追加で送ってもいいか、と聞いたがこれ以上は大丈夫、と苦笑されてしまったのも仕方ないのないことだろう。
「じゃあ、次はこれにしよう。お互いの配信で一番好きな配信は何? だってさ。おじさんはちょっと前にやってたゲーム大会のやつだね。何度も練習配信してたし、大会でもベスト4まで勝ち進んだのはちょっとうるっと来ちゃったなぁ」
「プロの人も参加してた大会でしたし、運もよかったんだよ。おじさん大会の後すっごい長文のメッセージ送ってくれたよね。あれ嬉しかったなー。
で、俺がおじさんの配信だと、この前の商品紹介のやつかな。カナさんから着信すっごく着てたやつ」
:『あの大会出てからユキくんの知名度もだいぶ上がったよね』
:『あれで7000人くらい登録者増えたんだっけ。たまに他の人の配信でも名前あがるようになったし』
:『えどえんを打ち取った時はほんとすごかった!』
半年ほど前にユウキが参加したゲーム大会。生き残りをかけたサバイバルゲームで、50人近くの参加者の中でプロゲーマーを倒してのベスト4入りはちょっとの間ユウキをその界隈での時の人にさせたし、今でもそのゲーム配信を行う時はいつもよりも同接も多い。
いわゆる『ガチ恋勢』と呼ばれる、ユウキを恋愛対象として見るリスナーが一定数増加したことに関してはユウキ自身は若干辟易としてはいるが。
:『おじさんのあれは、カナ社長の酒に対する執念を見た気がする…』
:『あの後おじさんわざわざカナちゃんの所に届けたんだよね。配信途中でちょっと現れてだいぶカナちゃん興奮してた』
:『後日小さい方のやつ買ってぼやいたーでアップしてたの可愛かった。背景に無数の酒瓶がなければだけど』
あれ以来、カナの日本酒の消費量は以前よりも増えているらしい。日本酒以外にもウイスキーや泡盛などもお燗にすると美味しい、とアパレルブランドの社長とは思えない内容の投稿が一時期増え、何人かの知り合いに、日常に関してはサブ垢を作ってそちらで投稿してはどうか、と本気で諭されたくらいだ。ちなみにその話を聞いたおじさんは珍しく大爆笑したとかなんとか。
「まあ、あれは半分はカナちゃんの逸話だよね。次は……これがいいかな?『お互いに一日入れ替わるとしたら、どんなことしたい?』 これも割と定番の質問だよねー。
おじさんとしては、ユウキくんはやっぱりゲームが得意だし、シューティング系のゲームやってみるか、あるいは男子高校生の胃袋の限界に挑戦してみたいかな? あ、もちろんおじさんの奢りでね」
:『男子高校生の胃は無限だからなぁ』
:『おじさんにはもう普通の一食でもきつい時あるからな』
:『おじさんたちが悲観しきってるw』
「俺も別にそんなに食べるわけじゃ……。俺は、そうだなー。シャー先とコラボしてどれだけ気付かれないのか、試してみるとか?」
:『カゲくんはすぐに気付くんじゃ?』
:『いやいや、案外鈍いところあるし、おじさんの真似したら行けそうだけど』
:『後日おじさんにからかわれると思うとカゲトラカワイソス』
ユウキはなぜかカゲトラのことをシャー先と呼ぶ。体型や性格の鋭利加減を称して、シャープな先輩を略しシャー先と呼んでいるのだが、尊敬しているのかそれとも自分と同じくらいの相手だと認識しているのかがいまだにファンの中での論争の一つとなっている。
「うーん。カゲトラくんかぁ……。おじさんのアバターとボイチェン貸してあげるから、一度やってみる?」
「え? いいんです? それなら、おじさんも一緒に、どっちが本物のおじさんかシャー先が当てられるか、みたいな企画しません?」
Vtuberの中では、自分自身を表すことに抵抗感があったり、声にコンプレックスを持っていてボイスチェンジャーを使う、という人が一定数いる。
おじさんは変えている理由自体は公表していないものの、最初からボイチェンを利用している、と公言しているVの一人だ。
「じゃあ、次で最後にしようかな? 『お互いに、日頃の感謝を伝えるとすれば、なんて言う?』 これはユウキくんから言ってもらおうかな?」
「え? 何で俺から……えっと、いつもありがとうございます」
「ユウキストのみんな! ユウキくんからのデレだよ! ここ切り抜きポイントね!」
:『100万回保存した』
:『デレきちゃー!!』
:『ユウキくんったら、可愛いんだから』
定番の質問や変わり種など、複数の質問が用意されていたが、最後に直球すぎる質問をチョイスしたのはおじさんだった。
その狙い通り、ともいうべきか明らかに照れた声色を出したユウキに一同が大盛り上がりを見せる。
高校生ともなると、普段からお世話になっている相手に対して礼をするのはやはり恥ずかしいらしい。
「つ、次はおじさんの番だからね!」
「ここでツンデレ芸披露とはなかなかやってくれる……。そうだね、おじさんとしてもいつも助かってるよ。適当なおじさんのフォローも何回もしてくれてるしね。
それに困った時に何だかんだいいながら手伝ってもくれるし。ミリ飯のご飯セット詰め合わせを贈りたいくらい感謝してる!」
:『まだ缶詰を送り付けるつもりでいやがる、だと!?』
:『ご飯セットって何だ…?』
:『こっちはこっちで高度なツンデレかもしれん』
最後までネタに走るおじさんにリスナーは困惑しながらも、無事に配信は終わった。無事、と言っていいかは誰もわからないけれど。
「ユウキくんお疲れー。いやー、こういう配信もなかなかいいね!」
「いいっていうか、おじさんだけ楽しんだって言うか……。ほんとにまた缶詰送ってくるんです?」
「温めるだけでいつでも美味しいご飯が食べられるから、欲しいなら送るよ?」
「大丈夫っす。さすがに貰い過ぎだし」
配信後の反省会、というよりも延長戦。視聴者が集まりやすい土曜の夕方から始めたが、記念配信と銘打っていたこともあり普段よりも長い時間話をしていた。
振り返り、というほどではないがおじさんとユウキがコラボをした後はちょっと落ち着いて配信のことやそれ以外の生活に関することを話すことがしばしばある。
「そう? まあ、おじさんも無理にというわけでもないし、あとワンクリックするだけで送れる状態だからどちらでもいいんだけどね」
「もう買う気満点じゃないすか。親も多分貰い過ぎても不安になると思いますし、ほんと気持ちだけで!」
自分なら後ろめたいものじゃなければ貰えるものは貰って後でお返しを考えるんだけどなーとおじさんは心の中でだけ呟く。
肝が据わっているのか、それとも考えなしなのか。おじさんの生態を理解するには人類にはまだ早すぎるのかもしれない。
ほぼツッコミしかしなかった配信の延長戦も終わり、ユウキはエクゼで投稿されていた感想への返信を何件かし、高校の友人から届いていたメッセージも返信する。
高校の友人にVTuberとして活動していることは伝えていない。小規模な大会や有名なVTuber事務所に所属しているVTuberとのコラボなどは経験しているが、まだ気付かれていないのか、はたまた気付かないフリをしてくれているだけなのかはわからないが、少なくとも芸能人のような扱いをされたことは今のところない。
男子校で、いわゆるカースト上位ではないため交友関係もあまり広くない、ということも関係しているのだろうけれど。
ゲームの練習や配信などで放課後や休日は忙しくしていて、バイトもしていない。
個人勢でかつ未成年のためそこまで収入もないため、あまりお金のかかるような遊び方もできない。
たまに放課後にファーストフード店でダベりながら話すくらいが精々の遊びかただ。
とはいえ、たまに知り合ったVの大人に誘われて食事などに行くこともある。それも、ほとんどがE-Sports関連の知り合いで、生活のほとんどをゲームに捧げているような人物が多く、タメにはなるが参考にはならない、という話も多い。
また、転生して企業勢にならないか、という誘いを受けることも稀にあるが、今の橘ユウキとしての自分が気に入っているため、そういった誘いもあまり好ましくない。
高校を卒業してどうするか、まではまだ決めていないが、今をとりあえず楽しもう。そう思いながら、ユウキは机の上のゲームパッドを持ち、ゲームを始めるのだった。
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