第4話 おじさんによる商品紹介配信
「バーチャルおじさんのおじさんだよー」
:『おじさん久しぶりじゃん』
:『どっか体壊した? 年齢上がるといろんなところに爆弾抱えやすいんだから無理しないようにね』
:『俺もこの前肝臓の数値やばかったから、飲み過ぎないようになー』
:『おじさんの配信が2週間ぶり、単独だとこの前のジャンプのやつで、1か月半ほど前? 結構空いたなー』
「おじさんも色々とやること多くてねー。まあ、今日は商品紹介するから、付き合ってよ」
配信画面に映し出されたのは、1枚の写真だ。おじさんの商品紹介、というのは定期的に行われており、何度か商品紹介を見たことのあるリスナーにはお馴染みの背景に、見慣れないものが置かれていた。
:『何これ?』
:『あれじゃない? お燗つけるやつ。妙に横にデカいけど』
:『あ、これちろりか。でもその隣、めっちゃスペースありそうだけど』
出された写真には長方形の物体と、その左隅にちろりと呼ばれる、取っ手と注ぎ口のある日本酒を温めるための酒器が顔を覗かせていた。
「これだけじゃわかんないかー。じゃあ、こっちの角度だとわかるかな?」
そういって出されたのはもう一枚。上から引きで取られた写真は、木製のテーブルの上に置かれた先ほどとは別の角度で、俯瞰から長方形の商品をとった画像だ。雑に端が切り取られているのは話しながら撮影し、余計な部分だけをそのまま切り取った証拠だろう。
:『これ、飲兵衛の最適化ツールじゃん』
:『お燗とは別に鍋だと!』
:『しかも錫製のぐい飲みとか、相変わらずいいもの使ってやがる…』
湯気で若干見にくいが、ちろりがちょうど入るサイズの枠の鍋と、その隣にその倍以上の長さがある鍋の中に、水炊きらしきものが映し出されている。
それと端に移りこんだ酒器にも反応するリスナーがいるのは訓練された証、だろうか。
「これ、温度調整可能な鍋なんだよ。2口でそれぞれに温度調整が出来て、おでんみたいな沸騰させないものも作れるし、レトルトパウチとか入れてもいいらしいよ。でも、そろそろ寒くなり始めたから鍋が美味しくなるかなって」
片方は完全に日本酒専用らしく、日向燗/人肌燗/ぬる燗/上燗/熱燗/飛び切り燗とだけ周囲に書かれたツマミがあるし、もう片方は70度から100度までの調整ができるツマミがついている。
あとは主電源のON/OFFのみで、本人曰く機械操作がちょっと苦手、なおじさんでも気軽に使える逸品だ。
:『相変わらず尖った商品ばっか紹介しやがって…欲しくなるじゃねぇか』
:『これかな? 熱燗できる2口調理鍋 ちょいと晩酌ってやつ』
:『鍋の種類が大小2種類あって、デカいやつは15200もするんですけど、ちょっと用途の割には高くない?』
水無月カナ@10/7新商品発表会:『後で飲みに行くから私の分も取っておいて!』
:『社長、やっぱり来たw』
:『自分で買って自宅でやってもろてw』
「カナちゃんは反応するよね。でも、これ二合瓶のしか用意してないから、カナちゃんのは多分残らないと思うなぁ」
そういいつつ温まった日本酒をぐい飲みに移し、飲み始める。水炊きもポン酢に細かく切ったあさつきを浮かべたものに潜らせ、はふはふ言いながら食べ始める。
:『この時間に飯テロは許されぬ!』
:『俺、さっきご飯食べたのにまた腹減ってきた…』
:『鳴りやまないメッセージの受信音、カナちゃんブチギレてるんだろうな』
配信にメッセージアプリの着信音が聴こえるのはそれなりにあることだが、なかなか連続で着信音が鳴ることはない。
ただ、それをメッセージを見ながらも食べ、飲み続けるおじさんはただ者ではないだろう。
「カナちゃん、飲みたいならお酒用意したら貸したげるから。今日まだ配信あるでしょう?」
:『酒の恨みは恐ろしい、とはいうもののこれおじさんの酒なんだよなぁ…』
:『カナ社長にとっては、飲めない酒の恨みなんだろ?』
:『酒飲みとしては立派なんだろうが、ちゃんとした社長なんだぜ、あの人…』
おじさんのリスナーには割と酒カス、と認識されているカナだがそれでも10回以上の着信音には、ネタ込みではあるもののドン引きしていた。
とはいえ、実年齢がおじさん、と言われる年齢が多いリスナーの多くは飲めない酒の恨み、というものに共感をして、仕方ない、あるいはおじさんが無遠慮だった、と何故かカナに同情気味な意見が少なくない。
「後で持って行ってあげるから、大人しく配信の準備しなよー?」
メッセージを返せばいいものの、それよりも飲むことを優先したおじさんは配信の私物化は当たり前、と言わんばかりにカナからの返事を配信上で行う。
おじさん単独の配信のため、私物化も何もないのだが、それ以上にV同士の絡みは正義、としているリスナーは多く文句を言われることはなかなかない。
カナからの爆撃のようなメッセージの着信音が止み、それとほぼ同時に食事を終えたおじさんは満足そうにお茶を啜る。もう少しお酒を飲んでも良かったのだが、流石にこれ以上カナを刺激するのも、これからのカナの配信に支障が出るだろうとしての判断だ。
画面外でも飲んでいるものが酒かそれ以外かがすぐにわかる、カナの獣じみた判断力におじさんは妙な信頼を置いている。
「いやー。中々いい商品だったよ。鍋は外して洗えるし、お酒に合わせて温度を合わせられるのもいいよね。本体からコード外せないから、本体が汚れた時に丸洗いができないのがちょっと大変だけど」
:『そこは使い方を考えたらいいんじゃない?』
:『そもそもお値段がね…?ちろりを温めるだけのならもう少し安くありそうだし』
:『ちろりに入るのが4合までだから、2人までなら楽しめそうだし中々買いだとは思うんだけど』
おじさんの評価に対し、リスナー側も見た限りの感想を述べていく。とはいえ、先ほどアップされた2枚の写真と商品名から調べた商品ページの情報だけで細かいところまではわからずに勘で答えているリスナーも多いが。
ちなみに、この商品紹介は決して依頼をされてPRをしているわけでも、メーカー側から提供されて案件として紹介しているわけではない。おじさんが気になったものを購入し、ただ個人的に配信で取り上げているだけだ。
だから明らかな地雷商品もあれば使い方が把握しきれず、リスナーに使い方を教えてもらう、ということも度々ある。その緩さがよくて積極的に見に来るリスナーも少なくないが。
配信を終了させ、カナの所に律義に鍋を持って行こうと準備していると、エクゼの通知が届いた。大抵の通知は切っているが、自分宛にメンションがあるものに関しては知り合いからだったり、何かしらの対処が必要なものが多いからだ。
だから、ちゃんと確認するように、と言われそのような通知設定に変えてもらった。決して自分で行ったわけではないけれど。
通知の内容、は先ほど配信で触れた、調理鍋の製造メーカーから紹介をしてくれてありがとう、という内容だった。簡単にこちらこそありがとう、これから楽しみます、といった内容の返信を行うと荷物をまとめ、カナの家に向かうことにした。
「えー? おじさんがそれでいいならいいんだけどさ。いいの?」
「別に何か欲しくて言ったわけじゃないからねぇ。いいんだよ」
配信から数週間後、配信上で言っていたアイデアを基に改良したためアイデアに対する報酬を支払いたい、というDMがメーカーからおじさん宛に届いていた。
ただ、そんなことを言われても自分が面白いと思ったものを実費で購入して、好きなように使い倒す。それがおじさんのスタンスであり、対価は貰わないし忖度もしない。
できればおじさんとしてはいいものをリスナーが楽しんで使ってくれたら。その一因となれればいいかな、程度でしかない。
それに、改良した、と言われている内容にはおじさんだけではなくリスナーからのアイデアも含まれている。なおさらその報酬を受け取る気はない。
「おじさんの気持ちもわからなくはないんだけどね? でも、寄付に回さなくてもいいんじゃないかな?」
「ちょうど、ってわけじゃないけどさ。この前水不足で水田が枯れちゃった場所あるでしょ? おじさんに謝礼をするくらいのものじゃ大したことにはならないんだろうけど、それでもね」
ここしばらくの異常気象により水不足になる地域も珍しくはない。たまたま話が来たから必要そうなところに少額でも渡るのであれば。というだけの話でそれ以上のことはない。
DMのことはリスナーには話していないし、カナにはたまたま家を出る直前のタイミングで来た話だったから、遅くなった理由として軽く話しただけ。
それだけの話だよ、とおじさんは笑うとカナもおじさんらしいなぁ、と笑って話は終わった。
「それよりも、カナちゃんの配信でやってた新作の発表会見たよ。言ってることあまりよくわからなかったけど」
「おじさん、ファッション用語全然だもんね。スライドとかにはちゃんと説明文入れたんだけどなぁ」
文字が小さかった? とも思うが、文字の大きさ小ささよりも単純な横文字アレルギーだろう。おじさんはネット上で配信を行うVTuberという存在であるはずなのに、機械にも横文字にも弱い。非常に弱い。
何せ、配信を開始して数か月間は配信開始を押すことはできたが、環境はPCではなくモバイル端末でマイクも聞こえればいいだろう、と1000円程度の非常に安いもの。
一番最初は動画をアップしたが、それの撮影、編集、アカウントの作成まで結構な金額を使って外注していた。
その後、何人かの知り合いに手伝って貰い、配信枠の作り方、アカウントへの入り方、簡単な動画編集方法などは何とか出来るようになった。
そんなおじさんだから、アパレルの新作発表会、といっても理解は難しいだろう。そもそも自分の身に着けるものに対して関心がなさすぎる。
もっとちゃんとしたものを身につければ、もっと変わるだろうに。と常に思ってはいるのだが、いかんせん興味のないものに関しては全く関心を寄せない、というのがおじさんだ。
知り合いの勧めなどがあればひとまず触ってみるくらいの義理を果たす気持ちはもちろんあるのだが。
「ごめんね、おじさんにはどうしても難しかったんだよぉ」
「おじさんがそういう生き物なのは理解してるからあまり謝らなくていいよ。ただ、わかんないまま買うのは止めなさいね?」
「あれ? おじさん買ったって言ったっけ?」
おじさんは新作発表会をVTuberの記念配信と同じようなもの、と思っている節があり、お祝いだと言ってグッズを一通り買うファンと同じように新作発表会で出た服や小物、コスメなどを一通り買う、という悪癖にも似た何かがある。
決して安くないそれをポンと買われると、売り上げに協力してもらったという嬉しさはなくはないのだが、どうしても申し訳なくなる。
だからせめてどういったものか、というものを説明しなおすのだが、聞いているのかいないのかわからないような表情で頷くのみ。
しかも届いたらカナちゃん専用推し棚、に綺麗にディスプレイしエクゼでわざわざハッシュタグまでつけてアップするのは何とも言えない気持ちになってしまう。
とはいえ、おじさんは悪意があるわけでも、嫌味でやっているわけでもない。ましてや別に何も考えていないわけでも頭が悪いわけでもない。
言ってしまえば、やはり横文字アレルギー、ということかあるいは脳内で割かれているリソースが常人とはどこか異なるのだろう。とカナは結論付けている。決して納得しているわけではないが。
いざとなったら、その推し棚とやらを総動員しておじさんを着飾らせてやろう、とも思いながら、ため息一つで言葉を収めた。
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