魔女(仮)

春野日差

プロローグ

プロローグ

夕暮れ時に、海沿いの町の歩道で、二人の人物の姿があった。

母と娘、母親は若く、娘の方は、幼児と呼べるほどの年齢であった。

ホットパンツを穿いた少女は片膝立ちで、両手で右ひざを押さえて、泣きべそをかいているようである。

その少女に向かって身をかがめながら、母親が何かを言っていた。


「ほら見なさい、走ったら危ないって言ってるのに走るからもー」

「えーん・・・痛いよお・・・」


すると母親は、右手で少女を抱きかかえるようにして、左手で少女の膝をさするようにしながら、


「しょうがないなー。お母さんが魔法をかけてあげよう」


と言った。


「魔法?・・・」

「そう、魔法。痛くなくなるおまじない、フフフ」


そう言って母親は、左手で少女の膝から何かを取り除くような仕草をしながら、


「痛いの痛いの飛んでけー。痛いの痛いの飛んでけー」


と、唱えるように言った。数回その行動を行った後、


「どう?痛くなくなった?」


と少女に尋ねた。少女は、


「うーん・・・そういえば、痛くなくなったかも!」


と、元気を取り戻したようだった。


「すごーい!お母さん、魔法が使えるんだ!」

「そうだよーお母さんは魔女なんだよ!言うこと聞かないと、かぼちゃにしちゃうんだからね!」

「えーやだーかぼちゃやだーあははは!かぼちゃーー!」


そう言って少女は、先程まで膝を抱えて泣きべそをかいていたのが嘘のように、

元気に走り出した。


「あ!ほら、また走ったら危ないって・・・ほんとにお転婆なんだから。

誰に似たのかしらねまったく・・・」


母親はそう言って少し考えるそぶりをした後、自嘲気味に鼻で笑った。そして、


「待ちなさい!コラ!かぼちゃはイヤなんじゃないのかー!」


そう言って娘を追いかけながら、娘をおとなしくするように暗示をかける、何かいい呪文はないかと、自分の記憶を検索した。そのことに夢中で、母親は気づかなかった。この時代、田舎町では当たり前になった、自動運転のバスが、動きを止めていることに。信号が、どの色も点灯していないことに。夕暮れ時なのに、どこの家の窓にも、明かりが灯っていないことに。

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